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8.<<特別寄稿>>幕が閉じて -「太陽へのアクセスをめぐる争いはない」
 (長谷川公一、社会学者) 

会議の成果をどう評価するかは一般に難しい。言うまでもなく、その後の経過に
も依存する。歴史が定めるというしかあるまい。

例えばCOP3の京都会議は、直後の評価が一番辛かったのではないだろうか。「京
都メカニズム」の導入など問題点も多かったが、個別の数値目標を含む「京都議
定書」にともかくも合意したことの意義は大きい。その後の交渉が難航している
がゆえに、「Kyoto Protocol を守れ」と言うのが、NGOでも主流の見方になって
いる。

この会議のハイライトともいうべき6月3日のシュレーダー首相の演説の中でも一
番拍手が大きかったのは、南の国々へのドイツの巨額の援助の約束以上に、ロシ
アの批准決定によって、京都議定書が発効すると述べたときだった。

「The Kyoto Protocol」はこの会議でも何度も言及された。1997年の京都会議で
温暖化問題の基本的な枠組みが合意されたことは、21世紀の「国際社会の日本」
にとって大きな意義をもつはずだが、日本政府はそのことをどこまで自覚し、そ
のadvantageを活用しようとしているのだろうか。The Kyoto Protocolを守り発
展させていくことが、何重にも日本の国益なのだという理解が、政府関係者や政
権党首脳部に、財界主流にはどれだけあるのだろうか。

ドイツはこの会議を開催したことによって、「自然エネルギー大国」ドイツを国
際社会、どくに南の国々に対して強烈にアピールした。雇用など内政面に難問を
抱えるシュレーダー政権にとって、大きな政治的得点になることは疑いない。ヨ
ハネスブルクサミット以後の「環境と開発」問題の主導権はドイツが握ったとい
う印象がある。保守政権の誕生の余波か、COP3やCOP6のときに比べて、デンマー
クやオランダの存在感が乏しかっただけに、その印象はなおさら強い。

会議の主役は司会を務めた環境大臣トリティンと経済交流大臣の女性
Wieczorek-Zeulさんだったといってよい。「知の人」トリティンに対して、「意
と情の人」Wieczorek-Zeulさんの司会ぶりも際だっていた。4日朝も、トリティ
ンがまだ席についていないと「(遅れているのは昨晩の)ワインのせいかな」な
どとジョークをいう。

「自然エネルギーと女性」はこの会議で強調された論点だが、それを見事に体現
していたといってよい。4日の南アフリカ共和国、ウガンダの女性代表のスピー
チなども、そうだった。

「自然エネルギーの促進にはたす市民社会、とくにNGOの役割」も、この会議で
重視された論点である。

日本で電力関係者や原子力関係者がヒステリックに固執し続けているような、自
然エネルギーは「エネルギー密度が低く、天候に左右され、不安定で、頼りにな
らない」というような声はどこでも聞かれない。電力にアクセスできない20億人
の半分にあたる10億人の人たちに電力の恩恵を与えうる切り札として位置づけら
れている。

自然エネルギーが化石燃料や原子力に変わりうるエネルギー源として、国際的に
認知され大きな評価を得た場として、この会議は長く記憶されるのではないだろ
うか。

「太陽へのアクセスをめぐる争いはない」というのが、Wieczorek-Zeulさんの閉
幕の言葉の中の印象的な一節だった(もちろん日照権をめぐる争いはありうる
が)。石油利権を背景とした、泥沼化したイラクでの戦争状態が続き、D-Day60
周年の2日前だけに、閉幕にふさわしい言葉だった。

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