上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
2.青森エネルギー紀行(13)「大停電の年明け」
                     森治文(朝日新聞青森総局次長)

 今年の青森は、大停電とともに明けた。ドカ雪が降ったのはいつもと同じな
のだが、降った地域がいささか異なった。同時進行で鳥取や島根では、雪の中
で帰省中の立ち往生の車が相次いだ。これら山陰地方も正月にはここまで降ら
ないと聞く。年末年始に吹き荒れた低気圧が、日本列島の西と北で同時に異変
をもたらした。
 青森はおおざっぱに西半分の津軽地方と東半分の北側にある下北半島、南側
の南部地方に分かれるが、他県の人たちが「豪雪地帯」と考えている青森は津
軽のことで、八戸市に代表される太平洋岸に近い南部地方では、この季節の積
雪は数センチ程度(2月に向けてもう少し降るが)。むしろ太陽光発電に適して
いると言われるほど、冬でも晴れの日が多い。そこに1日で40センチ近い、
しかも湿って重い雪が襲った。
 停電の原因は単純だ。雪の重みで倒れた木があちこちで送電線にもたれかか
り、断線が多発した。停電地域は、南部地方でも山間の田子町、新郷村などが
中心で2万1千世帯に及んだ。ちなみに隣の岩手県でも、青森県境に近い北部
を中心に7万3千世帯で正月に電気が来ない憂き目にあった。
 東北電力によると、この世帯という言い方は契約数1に対し1世帯というの
で、実際に何戸にあたるかは不明だ。農家などは自宅用と業務用とで複数契約
するところもあるらしい。ただ、人口あわせて1万人足らずのこの2町村内で
の電力契約数のうち、9割方の契約に対し送電がストップした。役場も電気が
消えた。
 同僚が取材したところでは、停電した多くのところは紅白歌合戦が終盤にさ
しかかったころから、電気がついたり消えたりし、年をまたぐ前には完全にス
トップしたそうだ。すぐに復旧すればよかったが、除雪もままならない山道を
少しずつ進んでは断線した部分を確認し、線をつなぐ作業の繰り返し。このた
め、なかなか山奥にある世帯ほどなかなか復旧に手間取り、長いところでは
31日から2日にかけて48時間近く停電を強いられた家もあったようだ。
 山間部なので病院などの業務に支障が出たという話は聞かないが、それでも
大変な正月となった。
 まずは暖房だ。零下が当たり前という地域で暖を取れないのはつらい。今は
ファンヒーターが主流。それとこたつ。エアコンを使う家庭も増えている。昨
年12月25日には青森県内の電力使用量が過去最大を記録したように。暖房
の電気シフトが進んでいる。
 それらがまったく役に立たなくなったものだから、家の奥から昔ながらの薪
ストーブやマッチや電池で着火させる灯油ストーブを引っ張り出してきた家庭
もあったという。これには、1994年に起きた「三陸はるか沖地震」の際の
大規模停電を教訓に、電気がない時の備えの心構えができていたためと、地元
の自治体はみている。
 正月料理の煮炊きにはガスがあり、食べるのには困らなかったが、娯楽のさ
ほど多い地域でもないのにテレビもなく、「日が暮れたら、暖房も兼ねて布団に
潜り込む」という、文字通りの「寝正月」の人もいた。
 そんな不便極まりない正月にあって、感心させられたのはパニックらしい反
応がなかったということ。電話は通じたらしく、「陸の孤島」といった事態は免
れていたこともあるが、ほとんどの人が抗議をするでもなく、じっと電気がつ
くのを待っていたという。
 これが都市だったらどうだろう。電車や信号のつかない道路、病院や24時
間操業の工場や店舗などもマヒするというインフラの問題は別にしても、各家
庭とも我慢できないのではないか。
 自分なりに貧困な想像力を働かせてみた。
 寒さにこごえながら夜はまっ暗だ。ろうそくと電池で充電した携帯電話の明
かりだけ。テレビもパソコンも使えず、冷蔵庫の食べ物も台無し。温水も出な
いだろう。トイレの水は流れるだろうか。洗濯も風呂もできない。雑煮と腐ら
ない正月料理を食べ、車も出せないし、電車も動かないから遠出もできない。
電話は通じて110番や119番通報はできるかもしれないが、病人が出たら
どうするか。
 そんな風に考えながら、あり得ないことだけど、ノーカーデーならぬノーエ
レクトリックデーも作るのも悪くないと思い始めた。電気のない生活は実際に
はとても無理にしても、ムダを見直す機会にはなり、電気に頼らず読書を楽し
むとか(これも電子書籍主流の時代になれば無理か)、近所を散歩してみるとか
身近な自然や人々とのつきあいの中で気づくものもあるかもしれない。
 それにしても皮肉なのは、電力の大供給地のお膝元にある町や村には電気が
これっぽっちも来ない時に、大消費地の都会では好きなだけ使え、ぬくぬくと
生活ができたという現実だ。じっと耐える地域の人々の強さに美徳を見るとと
もに、もう一方で、インフラの基本が欠けた時は応分の負担をしている者とし
て声を上げてもいいのではないかと思う。納税を受けている町村や県は住民を
代表してなおさら言うことは言っておくべきだろう。
 東北電力も今回は、停電地域以外の社員らも総動員して不眠不休の復旧活動
をしたと聞く。加えてその後、地元紙にもおわび広告も大きく掲載し、企業と
しての努力と誠意は感じた。でも、よりよいエネルギーの供給と消費の関係を
作っていくには、企業の自主的な姿勢に満足したり甘えたりするままでいいの
かという点に、多少の割り切れなさを感じた今回の大停電劇だった。

 最後になりましたが、明けましておめでとうございます。拙文を読んでくだ
さっているみなさん、本年もよろしくお願いいたします。

                     森治文(朝日新聞青森総局次長)
スポンサーサイト
Secret

TrackBackURL
→http://isepseenarchive.blog88.fc2.com/tb.php/479-45f12a82
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。