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2.連載「光と風と樹々と」(20) 安倍晋三の「ぼくたちの失敗」
               長谷川公一(環境社会学者 東北大学教員)

   春の木漏れ日の中で
   君のやさしさに 埋もれていた
   ぼくは 弱虫だったんだョネ
      森田童子作詞 「ぼくたちの失敗」より(1993年)

 安倍晋三の突然の辞任劇は、歴史の常として、喜劇性と悲劇性に満ちていた。
アイスクリームが好物だという政治家への期待と人気は、アイスクリームのよ
うにたちまち溶けてしまい、政権はちょうど366日で幕を閉じた。

■十年遠のいた憲法「改正」――安倍政権の最大の成果
 安倍政権がもたらした「成果」は、実は幾つもある。
 もっとも大きなものは、憲法「改正」が少なくとも十年間は遠のいたとみら
れることである。自民・公明と民主が手を組めば国会の衆参両院の3分の2以
上の賛成で、憲法改正を発議できることに変わりはないが、
 1) 参院の与党の過半数割れは3年間続くし、3年後の参院選で自公で過半
数を奪回するためには、小泉人気のもとでの2001年の参院選並に、121
議席中75議席を得なければならない。現有は47議席しかない。それは至難
だろうから、与党の過半数割れ状況は今後6年間続く可能性が高い(参院はこ
のように大きな意味をもつのであり、参院不要論は民主主義の擁護という観点
からは大きな誤りである)。
 2) このような状況では、また参院選の教訓は、民主は自民と差別化した方
が有利だということであり、とくに重要争点では今後も「対決姿勢」を強調す
ることだろう。
 3)後続の自民の首相は、安倍の二の舞いを避けようとするから、憲法改正
を正面から打ち出しにくくなった。安倍政権は国民投票法の成立を置きみやげ
に、結果的に、憲法改正を十年間遠ざけたのである。憲法改正を実現するため
には民主党との大連立のような荒技が必要だが、それができる政治家が、自民
党の側にも民主党の側にもいるようには思えない。
 自ら「闘う政治家」を標榜し、「戦後もっとも保守的な首相」と英紙に評され
た人物が、しかも戦後最年少、戦後生まれ初という幸運に恵まれた政治家が、
精神的肉体的にはもっともひ弱な首相だったということを満天下に曝した、日
本の「保守政治家」の脆弱さを国民に学習させたことも大きな「成果」である。
「戦後レジームからの脱却」は、本気でそれをいうならば、アメリカ合州国の
反発や、韓国や中国からの反発も覚悟しなければならない。もともと胃腸の弱
い政治家が掲げるべき政策目標ではない。「戦後レジームからの脱却」を謳うに
は、あまりにも幼く、精神力も、体力も乏しかった。本人はもちろんだが、「戦
後レジームからの脱却」を焚きつけ、あおった「ブレーン」たちは自らの眼力
のなさを深く恥じ入るべきである。
 むしろ、国民的なレベルでの、戦後レジームの力強さ・健全さを示したのが、
7月の参院選で示された民意だったともいえる。

■リーダーの資質
 安倍政権がなぜこういう事態に陥ったのかは、8月下旬に出た上杉隆『官邸
崩壊』(新潮社)が説得的に描き出している。さもありなんというリアリティに
満ちている。
 塩野七生は、『ユリウス・カエサル ローマ人の物語IV』新潮社(1995
年)の冒頭で、イタリアの高校の歴史の教科書の一節を引用している。「指導者
に求められる資質は、次の五つである。知性。説得力。肉体上の耐久力。自己
制御の能力。持続する意志。カエサルだけが、このすべてを持っていた」この
五つのうちで安倍がもっていたのは何だろうか。
 
■国益を損なった首相の判断ミス
 それにしても判断力の乏しい首相であった。
 最大のミスは、誰もが後知恵的に指摘するように、参院選の大敗の責任をと
って、すぐに辞めなかったことである。私は地元のTV局の7月30日夜の選
挙解説で、視聴者向けに「安倍首相自身にとっても、今、辞める方が賢明であ
る。政権を続けて深手を負う前に、今退いておいた方が、まだ若いし、再登板
のチャンスも出てくる。」と述べた。安倍の力量で、老かいな小沢と対決して、
ねじれ国会を乗り切れないことは、周辺のベテラン政治家はよくわかっていた
のではないか。森や中川、青木といった人たちは、どうしてこのように本人を
説き伏せて安倍の傷や自民の傷を最小限にとどめ、かつ国益を守る努力をしな
かったのだろうか。このときに辞めていれば、「責任をとった」というかたちに
なって、再チャレンジの芽は残せた。「無責任」とか「政権を放り出した」とい
うことにはならなかった。7月30日夜の判断ミスが、私が予見したように、
自らの政治生命をも葬る結果になったのである(なぜこんな単純なことが予見
できないのだろう)。
 「多くの人は、自分が見たいと欲することしか見ていない」というのも、塩
野七生がよく引用するカエサルの言葉である。
 続投をいち早く進言した麻生前幹事長は、マンガは読めても先が読めないこ
とを露呈した。8月はじめ時点での福田政権の誕生を阻止し、いずれ安倍から
の禅譲を狙う算段だったが、見通しが甘かった。安倍政権はとうていもたない
ということを冷徹に見極めるべきだった。麻生の第2のミスは、よく指摘され
るように、辞任表明の2日前に、安倍から辞意を聞いていたことを口にしてし
まったことである。安倍の意中の後継者は自分だ、安倍は後事を自分に託した
いのだ、という趣旨で口にしたのだが、ではどうして知っていながら2日間放
置したのか、見殺しにしたではないか、という批判を浴びる結果になった。麻
生もまた「自分が見たいと欲することしか見ていない」ことを曝けだした。知
っていたということを述べたときの、党内のリアクションを予見できなかった。
それでは、首相は務まるまい。

■待てば海路の日和(ひより)あり
 したたかだったのは、福田康夫である。一見たなぼたにみえるがそうではな
い。彼の最大の勝因は、あまり指摘されていないが、実は、昨年の総裁選に早
期に出馬辞退を表明し実質的に安倍に譲ったことにある。日本の政治では、「譲
る」ことはとても重要である。取りに行くことと、譲ることとのバランスの間
に、日本の政治があるといってもいい。
 下手な政治家だったら、立候補を譲らずに、町村派を分裂させてしまったこ
とだろう。町村派を割らずに、安倍がつまずいたときには、派全体が、しかも
党内の反安倍勢力もこぞって自分について来るという読みが正しかったのであ
る。欲しがっている顔をしなかったことが、こういうときは福田だという流れ
をつくった。分を知らなすぎた安倍と、好対照である。小泉のあとに、地味な
自分では、参院選は戦えないということも、福田はよくわかっていただろう。
甘い安倍の失敗に賭けたのは、的確な読みだった。
 しかしもちろん権力の追求は自己目的であってはならない。首相になって、
どんな国をつくるのか。総裁候補になったあとから考えているようでは困る。
 リーダーの資質について、あらためて考えさせてくれたことも、安倍辞任劇
の大きな「成果」だが、71歳が登板しなければならないほど、この国のリー
ダーシップ・クライシスは、深刻である。ポスト福田のあとは……。

■下り坂の日本?
 安倍の突然の辞意表明を聞いた夜に私が思ったのは、この無様さは、今後の
日本の政治的社会的衰退の予兆ではないか、日本はどんどん下り坂をころげ落
ちていくのではないか、ということである。先の見えない安倍は、最悪のタイ
ミングでの辞任表明によって、日本の政治の国際的な信用失墜を招いてしまっ
た。2008年のG8開催国という絶好の立場も実質的に吹き飛び、温暖化問
題について、ポスト京都の枠組みを論議するにあたっても、日本の発言力は大
きく低下した。首相が突然政権を放り出すような国をどこの国も信頼しないの
は当然である。
 メディアがあまりとりあげない今後の焦点は幾つかある。私の関心の範囲で
は、
 1)小泉・安倍政権下での、各地での「ジェンダー・バッシング」をはじめ、
全般に保守に傾いた論調には、揺り戻しが来るのだろうか。
 2)石油会社の輸入課長の経歴ももつ福田は、エネルギー政策や温暖化政策
をどのように考えているのだろうか。甘利経産大臣にはあまり期待できないが、
原子力政策の見直し、自然エネルギーの振興策を含め、エネルギー政策の転換
をはかる可能性はないのか。
 3)閣僚の交代は最小限にとどめたものの、党や内閣の布陣は、消費税増税
を意識した構成になっている。環境税の導入に踏み切るのかどうかも、福田政
権の課題の一つである。
 与野党を問わず、長期的なヴィジョンと健全なリアリズムをもつ政治リーダ
ーを育てていくことは、最大の国益であり、日本政治のもっとも大きな課題で
ある。
(それにしても、日本のメディアも、ほとんど先が見えていないのではないか。
あまりにも既成事実追認的で、予見性に乏しい)

               長谷川公一(環境社会学者 東北大学教員)


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