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1. 風発:「想定外」の「想定外」
                       飯田哲也(ISEP所長)

7月は事変の月であった。7月16日に襲った中越沖地震は、柏崎刈羽原発を
直撃し、なすすべもなく燃え続けた変圧器の映像や亀裂の入った道路、膨大な
漏水などの映像をとおして、日本の原発の備えのお粗末さを世界中に露呈させ
た。

この間、「想定外」と言う言葉がやたらに飛び交った。曰く「今回の地震は想定
外」「活断層の存在も想定外」「原発建屋からの水漏れも想定外」「防火体制の
不備も想定外」・・・。そういえば、この春の北陸電力や東京電力の制御棒引き
抜けによる臨界事故も「想定外」だった。どれほど問題が積み重なっても、「想
定外」といえば、あたかも誰にも責任がないかのような、マジックワードとな
っている。

なぜ、原子力ムラは「想定外」という言葉が好きか。原発は、(見かけ上)厳し
い安全審査を経て、設計・建設・運転されるため、規制を受ける側の電力会社
からすれば、国の安全審査の「想定」にない事故やトラブルは自分たちの責任
じゃない=「想定外」というココロがおそらくあるだろう。規制する側の国か
らすれば、そこまでの規制は「合理的じゃない」(=お金が掛かりすぎる)とい
う言い訳が用意してある。だから、「想定外」といえば、見事に誰にも責任がな
いことになる。

これには、もう一段奥がある。じゃあ、誰がその「想定」をするのか。それは、
国と電力会社の共同作業なのだ。真摯に安全性を追求するための「想定」なら
いいのだが、必ずしもそうではない。安全審査をする側の国は、「反対派に突っ
込まれたら面倒だなぁ?」と感じる「想定」は避ける。電力会社も、お金や時間
が掛かる都合の悪い「想定」は避ける。「想定」しないことの屁理屈が成り立て
ば、「想定」しないことは問題ない。

こうして、都合の悪い「想定」はせず、都合の悪いことが起きたら「想定外」
で責任を逃れることができる、原子力ムラの「閉じた環」が完成する。今まで
は、都合の悪いことは、ムラの外(=私たちの社会全体)に放り投げる原子力
ムラの論理で押し通すことができた。

ところが、原子力ムラの「不都合」を社会の側が気前よく受け止めて見過ごす
ほど、牧歌的な時代ではなくなってきている。中越沖地震は、柏崎刈羽原発だ
けでなく、改訂されたばかりの新耐震基準や首都圏の電力安定供給、そして現
在改訂中の国の温暖化対策も「直撃」した。「想定外」という言葉で責任逃れす
るには、社会の側のリスクが大きくなりすぎているのだ。

「想定外」とは、明らかに国の安全審査の瑕疵である。ただちに安全審査基準
(とくに耐震基準)を見直す必要があると同時に、古い安全審査に沿った原発
(=つまり全ての原発)は、直ちに総点検し、場合によっては停止しなければ
ならない。少なくとも、論理的にはそうなる。

もはや、「想定外」はマジックワードではなく、単なる思考停止のキーワードに
すぎない。

                       飯田哲也(ISEP所長)


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