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3. 連載「光と風と樹々と」(15)
 ニューオーリンズのニュー・イヤー・イヴ??ミシシッピの旅
                長谷川公一(環境社会学者 東北大学教員)

■ひとり自由な場所で新年を迎える贅沢
 アメリカのニューオーリンズで送った2004年の大晦日は忘れがたい。こ
の年、8月から単身でミネソタ大学に滞在していた私は、クリスマスが近づく
頃、新年をどこで迎えようか、と楽しい空想にふけっていた。新年は米国内の
どこで迎えてもよかった。制約は何もない。所帯持ちの50歳の男性にとって、
再び人生でいつ味わえるかわからない貴重な「自由」の数日間である。アメリ
カの見知らぬ街を1人でぶらついてみよう。
 五大湖おろしの吹きすさぶミネアポリスは、クリスマス・イヴの夜にはマイ
ナス23度にも気温が下がった。ミシシッピ河は連日凍てついている。『大草原
の小さな家』の冒頭には、確かに、春になって氷が解け出す前に、凍結したミ
シシッピ河を馬そりで西に移住するシーンがあるが、本当に凍るのである。
 そうだ南に行こう、このミシシッピ河の最下流部の街、ニューオーリンズに
行こう。決意したのはイヴの朝である。

■川の流れのように??ミシシッピ河源流
 ニューオーリンズ行きを決断したので、12月28・29日は、かねてから
懸案だったミシシッピ河源流のイタスカ湖に向かった。夏は人気スポットだが、
ほかには2組しか客のいなかった真冬の源流まで単身で往復975キロをドラ
イヴした(東京・京都間の往復に匹敵するから、東海道五十三次の往復にほぼ
相当する距離ともいえる)。湖から流れ出した清流には、ミシシッピ河ここに始
まる、という感動があった。日本だと、源流は山峪奥深くに発するから辿り着
くのも容易ではないが、ミシシッピ河は高低差が少ない。
 イタスカ湖から、ニューオーリンズを経てメキシコ湾に注ぐまで、ミシシッ
ピ河は3,779キロを流れる(イタスカ湖での表示は2,552マイルで、
約4,000キロになる)。セントルイス付近で合流するミズーリ川を支流に加
えると、全長6,270キロ。ナイル、アマゾン、揚子江に次いで世界で4番
目に長い大河である。ちなみに日本最長の信濃川は376キロ、ミシシッピ河
の十分の一程度である。
 源流のイタスカ湖に降った1滴の雨は、メキシコ湾に注ぐまで、90日かか
るという。高低差が小さく、流れがゆるやかなためである。簡単に凍るのもそ
のためだろう。
 源流から私のすんでいたミネアポリスまでの流域は約400キロ、全長の1
割である。
 90日で3,779キロを割ると、1日あたり42.0キロ流れる計算にな
る。ほぼマラソンに匹敵する距離だ。時速 1.76キロ、1秒間に48.6セ
ンチづつ、1分間に29.2メートルづつ進む計算になる。源流のイタスカ湖
の緯度(北緯47度13分)はシアトルや南樺太の緯度に相当し、ニューオー
リンズの緯度北緯30度は屋久島の南にほぼ相当する。つまり稚内から屋久島
までの範囲の日本列島よりももっと南北に長い大河がミシシッピ河である。ミ
シシッピ河に、日本列島の南北の長さはすっぽり入ってしまうのである。緯度
1度分は111キロぐらいの長さである。 緯度にして19度分ぐらいに相当す
る、源流から河口までの直線距離は約2,000キロの長さになる。1秒間に
48.6センチづつ漂い続けて、90日かかって、屋久島よりさらに南でメキ
シコ湾に注ぐというのは、何ともロマンチックではないか。まるで人生そのも
ののようだ。

    霧氷林マリアのごとく湖(うみ)抱く
    生まれいづる四千キロの冬の川

 イタスカ湖では、約20句、俳句をつくった。真冬のイタスカ湖でこんなに
俳句をつくったのは世界ではじめてかもしれない。

■Tsunami
 12月31日朝、5時に起きて仕度をし、7時4分に予定の便に搭乗。7時
50分頃、離陸直後機内から見たバラ色の朝焼けが雲を染めてとてもきれいだ
った。太陽は、毎日、こうして人知れず夕焼けと朝焼けのドラマを繰り返して
いるのだ、と思う。乗り換えのダラス空港で、Tsunami の文字が突然目に入る。
12月26日に起こったスマトラ沖大地震による津波被害のニュースである。
死者総数22万人余とされる、史上最大の津波被害である。Tsunami は、英語
として通用している数少ない日本語の一つだが、この事件をきっかけに一般に
も知られるようになった。
 乗り換えたフライトは真ん中の席だったが、それでも最後の15分間は、空
からミシシッピ河を楽しむことができた。激しく濁流する「泥の河」である。
意外に太くない。工場群と湿地帯が続いている。2日前に見た源流に発するあ
の清流は、こうして次々と「資本」に陵辱され、汚泥や汚水にまみれて、海に
至るのだ。ガン街道と呼ばれる、ガン患者が続出する深刻な公害汚染地帯も、
この流域にある。
 
■大晦日なのに、A Happy New Year!
 14時30分頃、ようやくニューオーリンズに着く。空港は意外に小さくて、
拍子抜けするほど地味だ。
 ホテルにチェックイン。部屋は冷房になっている。戸外は椰子の木の茂る常
夏の世界だ。なるほど屋久島の緯度だ。ホテル中に、A Happy New Year の明る
い声が響いている。日本人の感覚ではまだ大晦日だが、英語だと、have a good
dayとか、have a nice weekend 的な感覚で、年末から、A Happy New Year と
いう表現になるようだ。
 フロントに案内のあったNew Year's EveのDinner Jazz Cruiseに乗ること
にする。何と言っても、ニューオーリンズはジャズ発祥の地である。70ドル。
18時乗船。

    船中にジャズの音溢るニューイヤーイヴ
    老夫婦ステップ踏みて年惜しむ
    ジャズ調の「蛍の光」年送る

 ジャズの演奏が始まって、バンドのリーダーが客席にどこからとたずねる。
オクラホマとか、オハイオとか、海外からもオーストラリアとか。私も大声で、
ジャパンと叫ぶ。
 70歳前後の太ったおじさんが、マイクに立って、自分は、5年間の居住を
経て2週間前にUS citizen になったんだ、今日は記念の乗船だという趣旨の
挨拶をして、拍手を受ける。曲をリクエストして、華やぎのある妻と上手にス
テップを踏んで見せた。さすが。
 客は夫婦連れがほとんどだった。燕尾服のカップルも。合い席はカリフォル
ニアからの夫婦が2組、インド人のカップルが1組。向かいの席の夫婦は、南
カリフォルニアのリバーサイド市から来たという。仙台市と姉妹都市だよと教
えてあげる。リバーサイド市は人口がどんどん増えつつあるという。
 どんどん霧が出てきて、また船上でのクルーズの説明もマイクが悪くてよく
聴き取れない。7マイルぐらい下って往復したのか。ジャズの最後の締めは「蛍
の光」。21時下船。
    
■狂乱、歓声、嬌声の中のカウント・ダウン
 下船後は、市内一番の賑やかな通りバーボンストリートへ。あちこちから、
ジャズやブルースやロック系やラップの音楽が聞こえてくる。完全に行列のよ
うな人混み、熱気。スペイン風の鉄レース細工のバルコニーの2階の客と路上
の客との間で、金や紫や緑色などのビーズのネックレスを投げあげたり、投げ
おろしたりして遊んでいる。たくさん集めて、どんどん首に巻き付けていくと
いう趣向。ニューオーリンズが wild な街だってこういうことだったのか。残
すところ、あと2時間ぐらいの一年を惜しんでいる。それにしてもすごい熱気、
狂乱だ。叫び声。歓声、嬌声。まるで、New Year が十年に一度しかないような。
 のぞいた店の中では、50歳代ぐらいの黒人女性のブルースが力強く、圧倒
的な迫力で感動的だった。なるほど「魂の叫び」だ。この実力だったら、日本
なら相当な人気だったろう。疲れも見せず、何曲も唄う。
 24時が近づくにつれて往来の喚声は、いよいよ狂おしくなっていく。踊ら
にゃそんそんの世界なので、私も、謝肉祭のときの仮面を買ってつけてみる。
途端に、wild な気分になる。若い男たちが、面白がって反応してくれる。

    ニューイヤーイヴ仮面つければロメオめく

 3人ほど、路上から投げあげられたビーズのネックレスを受け取るたびに、
胸をあらわにして、次のネックレスを催促する女性がいる。胸があらわになる
たび、フラッシュが光る。

    バーボンストリートに乳房もあらは年迎ふ

 カウントダウンは始まらないが、どこからともなく、拍手や叫び声が高まっ
て、24時に。新年の到来だ。
 
■河口はいずこ
 1月2日、重大な思い違いに気づいた。てっきり、ニューオーリンズは、ミ
シシッピ河の河口の街とばかり思いこんでいた。酒田と最上川、石巻と北上川
のように。古本屋で、ミシシッピ河の本を買い、河口の場所を教えてもらって
はじめて、河口まで、まだ170キロもあること、河口までは車ではいけない
ことを知った(普通のガイドブックには全然書いていなかった)。ヘリコプター
や小型飛行機をチャーターしないと、ミシシッピ河の河口を肉眼で見ることは
できないのだ。海水が河に押し寄せてきて、危険で、陸路では近づけないのだ
という。ワニも多い。
 源流に続いて、河口もわが眼で確かめることを楽しみにしてきたのだが。
 せっかくなので、行けるだけ行ってみることにする。約1時間程度、レンタ
カーで南に下ったが、5時10分頃には河霧がどんどん深くなってきて、視界
が利かなくなり、車で行ける最終地点まであと50キロ程度残した地点で断念。
ホテルに引き返す。
 このとき古本屋で買った15ドルのミシシッピ河の厚い本の口絵に、幸い河
口の写真が載っていた。湿地帯がひろがっていて、結局、海と河とは、渾然一
体となって、交わるようだ。
 島国的な常識では太刀打ちできないことを痛感したミシシッピ河の旅である。

■「欲望」という名のカキの店
 この街は、「欲望という名の電車」の舞台でもある。たまたま「desire」とい
う名のカキの店を見つけて、元日は、生カキなどを食べた。オイスター・バー
のバーテンダーが実にいい顔をしていた。宇野重吉のような味である。

    ニューオーリンズに「欲望」という名の牡蠣の店
    バーテンダーは名優の顔牡蠣啜る

    年明けの朝の空港ジャズ流る

■ハリケーン・カトリーナ
 私自身にとっては、一生に1回あるかないかの、盛大なお祭りのような、ニ
ュー・イヤー・イヴと三が日だった。
 この街が、ハリケーン・カトリーナによって壊滅的な打撃を受け、黒人を中
心に多数の死者を出すのは、それから8ヶ月後の2005年8月29日のこと
である。被災から2度目の新年を迎えて、街にはどの程度、賑わいが戻りつつ
あるのだろうか。

               長谷川公一(環境社会学者 東北大学教員)


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