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2. 連載「光と風と樹々と」(14)
「俺たちルール」と「画一ルール」??選挙に見るアメリカ社会
               長谷川公一(環境社会学者 東北大学教員)

■「何でもあり」の不思議な選挙

 アメリカでは選挙は11月の第1火曜にまとめて行われる(各党の大統領選
挙候補者を絞り込む、州ごとの予備選挙は6月の第1火曜に行われることが多
いが)。とくに11月の第1火曜は、大統領選挙(厳密には大統領選挙人を選ぶ)
や今年の中間選挙のように大きな選挙が行われる。実は大きな選挙だけでなく、
投票率を上げるための工夫だろう、州知事選挙も、州の上院議員選挙も、州の
下院議員選挙も、市の住宅委員の選挙とか、教育委員の選挙とか、草の根レベ
ルの小さな選挙もまとめてこの日に行われる。
 私は2004年の大統領選挙を目撃したが、当日投票所に足を運んでみるだ
けでも、やはり現場ならではの、面白いことがいろいろ見えてきた。そして、
アメリカの「民主主義」に根本的な疑問が湧いてきた。

■教会が投票所??宗教国家アメリカ

 投票日の前日、ミネソタ州の選管のサイトで、自分の居住地の投票所の場所
を確認し、当日の朝11時から約30分観察した。有権者と選挙の事務方以外
は投票所には入れない規則だが、日本からミネソタ大に来ている社会学者だが、
アメリカの選挙をウォッチさせてほしいと頼むと、のぞかせてもらえた。
 驚いたことに、私の居住地の投票所はカトリックの教会だった。壁に貼って
あった投票所リストで確認すると、人口約37万人のミネアポリス市内の合計
58カ所の投票所のうち、名前などから判断して11カ所が明らかに教会だっ
た。政教分離は近代国家の基本原則のはずだが。「美しい国」や品格好きの「改
憲論者」でも、神社や寺院を投票所にというようなアピールはできまい。
 しかしアメリカではごく自然に、教会が投票所になっている。しかも有権者
もほとんど疑問を抱いていないようだ。好意的に考えれば、コミュニティの核
として、教会が機能してきたからだともいえようが、選挙の中立性という観点
からも疑問である。カトリックの教会は、カトリックの候補者に相対的に有利
であり、プロテスタンの教会は、プロテスタントの候補者に有利に心理的に作
用するのではないか。
 そもそもアメリカは、建国以来、厳密にいうと、政教が分離していない「神
の国」である。大統領選のディべートでも、共和党のブッシュはむろん、民主
党の候補者も、自分が敬虔なクリスチャンであることを強調し、最後に「神は
我が国を祝福している」と付け加えていた。大統領や議員の宣誓式も聖書に手
を置いて行われる。ドル紙幣の裏にも、「神を信じる」と「信仰告白」がなされ
ている。
 ちなみに本日12月3日付けの河北新報には、11月の中間選挙でアメリカ
史上はじめて当選したイスラム教徒の下院議員(ミネソタ州選出)が、来年1
月の宣誓式で、コーランに手をおいて宣誓したいと述べて、反発を呼んでいる
という記事が出ていた(共同通信系の配信)。もしこれが政治的な反発などで認
められなければ、アメリカは、いよいよ、実質的に「信教の自由」さえもない、
宗教国家ということになろう。

■本人確認は住所とサインだけ

 事前に有権者登録をしていれば投票は簡単である。住所と名前を聞かれて、
登録有権者名簿の所定欄にサインをして、投票用紙と引き替える緑色のカード
をもらう。日本では入場券と生年月日が必要だが、本当に自分が登録有権者本
人であるかどうかを、ミネソタ州では、住所と名前でしか確認していなかった。
替え玉投票はこれで完全に防げるのだろうか。

■有権者が、有権者数が事前に確定しない。投票率が厳密にはわからない!

 日本には住民基本台帳があり、住所を移すと、選挙人名簿に自動的に名前が
登録され、居住地で投票することができる(最低3カ月の居住が必要)。日本で
は、被選挙権者の名前と数は、投票日前に確定している。有効投票率はその日
のうちに市町村の選挙管理委員会ごとに発表される。一般の日本人の感覚では、
これは公正な選挙のための「常識」である。
 しかしアメリカには住民基本台帳という制度はない。選挙権は18歳以上か
ら持てるが、18歳以上の人口の正確な統計や台帳がそもそもないのである。
 アメリカではそもそも有権者登録をしないと投票権がない。例えば2000
年の大統領選挙でのミネソタ州の投票率は、州の選管によると、245万
8303人が投票し、投票率69.40%という公式発表だが、分母になる1
8歳以上の人口は、354万7000人という丸い数字でしかない。百の位以
下は切り捨てなのだろう。連邦全体でも、18歳以上の人口2億581万
5000人という丸い数字だ。結局、アメリカには正確な投票率がないことに
なる。
 2000年のミネソタ州の場合、投票した人のうちの18.8%は、当日有
権者登録した人だった。2000年の連邦全体の投票率は51.3%であり、
ミネソタ州の投票率は18%も高いが、ちょうど、当日の有権者登録分だけ、
投票率が高かったことになる。ミネソタ州の住民の政治的関心がとくに高いと
いうわけではない。制度に由来するのである。
 ミネソタはじめ6つの州では、投票日当日に有権者登録ができる。アメリカ
国籍をもつ満18歳以上の人で、投票日の20日以上前からミネソタに住んで
いる証明ができれば(公共料金の領収書などでもOK)、投票できてしまう。朝
隣の州で投票し、夕方は別な州で投票する、なんてことも簡単にできるのでは
ないか(少なくとも投票日当日はチェックできない)。
 得票した人のうち2割近い人の選挙権が当日に確定する、というような仕組
みでは、選挙が混乱するのは当然だろう。実際、南部など、共和党の勢力の強
い州では、アフリカ系の有権者などに対する共和党系の立会人からの嫌がらせ
的な投票妨害の存在が指摘されている。2004年の大統領選挙時も、ミネソ
タ大のキャンパス内の投票所では、NGOの女性弁護士2人が選挙が公正に行
われているかどうかウォッチしていた。この日一日、市内の投票所を手分けし
てチェックしてきたのだという。
 問題の根本的な背景は、そもそも「正確な」選挙人名簿がないということに
あろう。

■「俺たちルール」対「いただきます・ごちそうさま」

 霞ヶ関の官僚の支配力が強い日本では、明治政府以来全国画一のルールが行
き渡ってきたが、アメリカはどんなに不合理であってもローカル・ルールやタ
ウン・ルール、つまりコミュニティレベルから積み重ねる「俺たちルール」の
好きな国であり、ワシントンの統制が利きにくい。「俺たちルール」の手直しの
積み重ねでやってきた国であり、ある意味では、全国的な視野で物事を考えた
がらない人たちでもある。自地域中心主義の発想の人たちが、「世界の警察官」
気取りの政府を実質的に選んでいるところに、アメリカの大きな問題がある。
 日本では悪いのはすべて霞ヶ関の官僚というトーンがあるが(それは「霞ヶ
関で決めてくれ」という依存の裏返しでもある)、地方自治や分権というのがき
れい事ではすまない事をアメリカ社会は教えてくれる。
 そもそも住民基本台帳がないのは、政府への不信に由来するのだというのが、
私のホストだったブロードベント教授(ミネソタ大)のコメントである。政府
は何をするのかわからないから、なるべく政府に情報を集めない方がいい、と
いう考え方である。率先して、お上におのが情報を進呈する日本人のお人好し
ぶりとは好対照である。
 「はい、手はお膝。みんなでいただきます」「みんな食べ終わって『ごちそう
さま』をするまでは、席を立ってはいけません」。日本では保育園や幼稚園から
きちんと仕込まれる。けれども、英語には、「いただきます」や「ごちそうさま」
にあたる言葉はない。そんなことは言わずに、銘々勝手に食べはじめて食べ終
わる。日本人の感覚では、実にお行儀が悪い。パーティーでもとくに進行役の
仕切りもほとんどなく、いつのまにか、少しづつ客がいなくなる。
 寄せ集めの移民の国。他者への不信と政府への不信に満ちた人々を束ねてい
くためには、宗教=神(超越的な権威)を持ち出すしかないというのが、アメ
リカ社会の現実なのかもしれない。

  「誰かのことを批判したくなったときには、こう考えるようにするんだよ」
 「世間のすべての人が、お前のように恵まれた条件を与えられたわけではな
 いのだと」
              ??『グレート・ギャツビー』(村上春樹訳)

               長谷川公一(環境社会学者 東北大学教員)


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