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3. 連載「光と風と樹々と」(13)
「ツラいけどホントの話」??敗北から成長したゴア元副大統領
               長谷川公一(環境社会学者 東北大学教員)


■映画「不都合な真実」

 10月24日夜にアル・ゴア元副大統領の映画「不都合な真実」を見て、と
ても感銘を受けた。来年1月からの本格公開に先立って東京国際映画祭の特別
招待作品として上映された折である。大林ミカさんも激賞している。あまり宣
伝もしていないにもかかわらず、六本木ヒルズ内の上映会場には若い人を中心
に約650人。当日は満席だった。
(公式サイトは
www.futsugou.jp/
時々試写会も開かれているようである。英語のDVD版、英語版の同タイトル
のゴアの著書もあります(アマゾンなどで検索できる))。

■選挙に弱い副大統領

 アメリカでは一般に副大統領は目立ちにくく、第2次世界大戦後60年の間
に選挙に勝って副大統領からそのまま大統領になったのは、レーガン政権の副
大統領だった父親のブッシュのみである(1989年就任)。副大統領から大統
領になったのはほかに4人いるが、トルーマン(1945年就任)、ジョンソン
(1963年就任)は大統領が亡くなったために(ケネディは暗殺された)、フ
ォード(1974年就任)はニクソンの辞任によって昇格した。ニクソンはア
イゼンハワー大統領の副大統領だったが、1960年の大統領選挙でケネディ
に敗れ、68年の大統領選挙で復活し当選した。
 日本のマスメディアは体制側は共和党寄りで、民主党政権に対して冷ややか
な傾向がある。体制に批判的な側は、アメリカの政治全般に批判的な傾向があ
る。そのため米民主党に対しては誰もが辛口である。アメリカの場合、共和党
と民主党では政策に大きな相違がないので、政権交代が容易なのだという、ア
メリカでは小学生にも通用しない「大きな誤解」もままある。小沢民主党と安
倍自民党、共和党と米民主党、どちらがより近いだろうか。政策の相違が明確
に説明できるという点では、共和党と米民主党の違いの方が大きいだろう。少
なくとも両政党の間を移籍した政治家は近年はほとんどいない。 映画に戻ろ
う。

■「ツラい現実」「ツラいけどホントの話」「耳の痛い本当の話」」

 原題は、An Inconvenient Truth。convenient は、その名詞形 convenience と
storeを重ねた convenience store がコンビニとして日本語化している。否定
形がinconvenient。「不都合な真実」という訳は、間違ってはいないが、あま
りパッとしない。受験生が、辞書を引きながら直訳したようだ。「辛い現実」や
「耳の痛い本当の話」というのが、原題のニュアンスであろう。好きな表記で
はないが、「ツラいけどホントの話」と訳していたら、もっとヒットするだろう。

 しかもこの映画では、An Inconvenient Truth が二重の意味で使われている。
温暖化問題と、2000年大統領選の敗北である。「ツラいけどボクは負けたん
だ」。フロリダの開票作業とその取扱いにはインチキがあったけど、政治の混乱
を避けるために、事態収拾のために「ボクは負けを認めたんだ」。

  ボクは敗北を認めて、温暖化問題に取り組む政治家として出直しを決意し
 た。アメリカ国民よ、君も、温暖化問題のツライ現実を認めて、直視して、
 温暖化対策に本気になろう。

 この映画を3行で要約すると、こうなる。「不都合な真実」だと、この二重の
意味がピントこない。

 しかしここにはもちろん、アメリカ国民は2000年大統領選挙で、選択を
間違えたではないか、という強烈なメッセージがある。大統領になるべきはボ
クだった。フロリダの開票でインチキをして、大統領になるべきでない人がな
ったために、イラク戦争が始まり、世界は混乱を拡大した。温暖化ガスの排出
量も増大し続けている。私が大統領になっていたら……。
 「ロッキー」に通じるようなアメリカ的な価値観が流れている。
 神がかり的なブッシュ政権は、真実を直視していない、という強いメッセー
ジも、ここにはあろう。真実から始めよう、という健康的な実証的精神も、ア
メリカ的な価値観である。「美しい国へ。」というアナクロのロマンティシズム
とはずいぶんレベルが違う。

■一皮も二皮も剥けた人間ゴア

 1948年生まれの二世議員のゴアは、1993年に44歳で副大統領にな
り、2000年の大統領選挙で敗れたときも、まだ52歳だった。現在58歳
である。国全体の得票数ではブッシュを上回ったが、選挙人投票制度というア
メリカ独得の制度のために、フロリダ州の得票でブッシュに敗れ(数え方の公
正さについて批判がある)、選挙人の数でブッシュを下回り敗北した。州の得票
が1票でも多い方が、州の選挙人をみなどりする方式だからである。「民主主義
の権化」を標榜し、他国に「民主主義」を押しつける国が、自国では非合理な
選挙制度に固執している。まず国連決議してほしい。「アメリカにこそ真の民主
主義を」と。


 2000年大統領選挙でのゴアの敗因としては、彼のエリート臭が指摘され
ている。クリントンにも、息子のブッシュにも、独得の庶民性と大衆性がある。
「冷たい秀才」というのが、ゴアの典型的なイメージだった。有能だけど、自
信過剰で、いかにもエリート然としているではないか。具体的には、テレビ放
映される大統領選挙のディベートで、ブッシュはわかっていないと、何度も舌
打ちしたり、あきれた、という態度をとったことが直接の敗因とされている。


 52歳のゴアには、上院議員を続けるとか弁護士とか大学の教授職とか、い
ろいろな選択肢が残されていただろうが、彼が選んだのは、環境派議員として
出発した原点に戻り、温暖化問題について、全米各地および世界を講演する、
人々と直接対話をするという道である。温暖化問題の「伝道師」としての役割
を選んだのである。ここにこの映画の魅力がある。

 庶民性の乏しさを指摘されてきたゴアが、1000回以上も草の根の民衆と
対話を続ける。自分の言葉で、最新の資料とkeynote(パワーポイントに対応
するMacのオリジナル・ソフト)を駆使して温暖化問題を語る。ユーモアも交
えながら。きわめて知的に、前向きに。一皮も二皮も剥けた人間ゴアの姿がこ
こにはある。

 ゴアが再び大統領選に挑戦することはないだろう。大統領選挙での復活を期
するならば、温暖化問題の草の根行脚は逆効果だし、こういう映画はつくれま
い。残念ながら、それが現在のアメリカの政治のレベルであり、アメリカ経済
のレベルである。アメリカのメディアのレベルでもある。
 ホワイトハウスからではなく、民衆に直接訴えかけよう、膝を交えて談義し
よう。私の話を聴いてほしい。

 この映画によって、ゴアは、大統領にしたかった、大統領になるべきだった
政治家として、いつまでも高く評価されるに違いない。おそらく史上最低の不
人気で「危ない」大統領として、ブッシュは残り2年の任期を終えるだろう。
ゴアのこの映画は、現政権に対する痛烈な批判にもなっている。
 映画の最後の方で、ゴアが、政治家こそ、renewable だよというジョークを
言うシーンがある。投票で政治は変えられる。政治家は置き変えられるという
意味である。

 もちろん温暖化問題について考える教材的な映画としてもきわめてすぐれて
いる。冒頭には、彼の愛する故郷テネシー州の美しい自然が出てくる。レイチ
ェル・カーソンの『沈黙の春』を意識して、まだ「沈黙の春」ではない、まだ
ゆたかな春があると訴えているかのようだ。そして、この景色がやがて本当に、
「沈黙の春」になってしまうではないかと。

 しかしこのように、この映画は、ひとりの政治家の成長の物語としても見る
ことができるのである。敗北を糧に、人はどう生きるべきか、という永遠のテ
ーマがここにはある。

 はたして日本に、こういう本物の環境政治家はいるのか。自分の言葉で、人
びとに温暖化問題を語れる政治家が一人でもいるのか。スクリーンの向こうに
私たちが見るのは、こういう問いかけでもある。

               長谷川公一(環境社会学者 東北大学教員)


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