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2. 連載「光と風と樹々と」(12)
           「国際的な文脈でみる安倍政権」
               長谷川公一(環境社会学者 東北大学教員)

「戦後もっとも保守的な首相」

 「戦後もっとも保守的な首相」と英紙に評されたように、9月26日、きわ
めて保守色の強い安倍新政権が発足した。筆者はたまたま安倍晋三と同年で、
偶然、誕生日も近い。しかし例えば女系天皇に否定的な彼の意見を耳にすると、
自分と同じ世代の政治家が、これほど頑迷に保守的であることにはリアリティ
として信じがたいものがある。例えば首相補佐官に任命され、「教育再生」を担
当するという山谷えり子は、国会で、ヒステリックに「性教育」や「ジェンダ
ー・フリー」を攻撃してきた人物である。まるで日本版ブッシュ政権のような
趣きがある。
 この安倍、山谷らの友人という男が、現在、仙台市の市長を務めており、こ
の男も私と同年の生まれである。この男の挨拶を直接2度ほど聞く機会があっ
たが、「市民」という言葉がまったく出てこない。この市長は、「市民」という
言葉が嫌いなのだという。市民にとってこれほど迷惑な市長はあるまい。裸の
王様のようなマンガ的なエピソードがたくさんある。市議会で、「市長満足度日
本一」と揶揄されるほどに、政治手法も粗雑で乱暴である。心ある市職員は、
安倍政権の誕生を機に、この男の「転校」を願っている。ミニ石原のような輩
がいつのまにか、跋扈している。
 日本がこれほどまでに、保守化してしまったことに愕然とせざるをえない。
メディアの責任はきわめて大きい。「41年ぶりの男子誕生報道」しかり。
 「美しい」「品格」「風格」「凜」といった言葉が、まるで「陵辱」されたかの
ように、安売りされている。反論したいのは、「美しい」や「品格」という言葉
の方であろう。
 
「団塊の世代」の人材の乏しさ

 安倍政権が示しているのは、自民党における「団塊の世代」の人材の乏しさ
でもある。60歳代から52歳に一気に若返ったが、新党三役にも50歳代後
半の団塊の世代がいない。18人の閣僚の中で、団塊の世代は2人だけである。
 民主党は、菅直人が1946年生まれ、鳩山由紀夫が47年生まれだが、と
もに「賞味期間切れ」という印象が強い。
 自民党の場合、大学紛争世代は、そもそも自民党入りした者が少なく、かつ
鳩山のような、93年の自民分裂の際の、自民党離党者の影響もあろう。
 社会学の場合には、橋爪大三郎、上野千鶴子、今田高俊など、1948年生
まれはとくに論客が豊富なのだが。

政治的リベラリズムの時代??冷戦後

 政治的な保守化は、21世紀初頭の大きな流れである。
 ヨーロッパを中心に大づかみにいうと、1989年11月のベルリンの壁崩
壊から2001年9月11日の同時テロまでが、冷戦終結を背景とした政治的
リベラリズムの高揚期だった。1998年9月にドイツで、保守のコール政権
に代わって、社会民主党と緑の党の連立政権が発足した頃は、当時のEU15
ヶ国のうち、スペインとアイルランドをのぞいて13ヶ国が左派ないし中道左
派政権だった。1996年4月にはイタリアに「オリーブの木」政権と呼ばれ
た中道左派連立政権が誕生した(2001年5月まで)。続いて、97年5月に
はイギリス労働党のブレア政権が誕生。社会民主主義的な政権主導型の中道左
派による「第三の道」路線が基調になった。フランスでは、1997年6月社
会党を中心とする、緑の党も政権に参加した左翼連立内閣のジョスパン政権が
誕生し、保守派のシラク大統領のもとでの保革共存政権となった(2002年
5月まで)。
 1993年1月から2000年1月までの、アメリカの民主党クリントン政
権も、大きくは、この系譜の中に位置づけることができる(政官財とNHKな
どのメディアの人脈が共和党よりの日本ではクリントン政権に対する評価が低
いが、アメリカの大学人やニューヨークタイムズやワシントンポストなど主要
紙ではクリントン政権への評価は比較的高い。戦後の民主党政権としてはケネ
ディ政権に次いで評価されている)。
 自民党が分裂し下野した非自民の連立による細川政権(93年7月から94
年4月まで)も、反小沢を軸とした、自民党と社会党・さきがけの連立政権(9
4年6月から98年6月まで、村山内閣は96年1月まで)も、大きくは、こ
の流れの中でとらえることができる。この時期自民党政調会長・幹事長を務め
た加藤紘一は、政治信条からも、自民党の中のリベラルな路線を象徴する政治
家といえよう。
 このように列挙してみると、わずか数年前と現在との、「オセロゲーム」のよ
うな様変わりに、読者は大きな感慨をもつのではないか。
 
保守主義の勃興

 2006年9月末現在、旧EU15ヶ国の政権地図を描きだしてみると、中
道左派政権がブレアの労働党を含んで7ヶ国である(ドイツの大連立は除く)。
13対2から7対8へ、と大きく様変わりした。2001年9月11日の同時
多発テロが起こる直前は、11対4だった(オーストリアとイタリアで政権交
代があったため)。同時多発テロ以降、2001年11月にデンマークで保守政
権が誕生、02年5月にフランスに保守中道政権が誕生、オランダでも保守中
道政権が誕生した。このほかポルトガル、04年3月にギリシアで政権交代が
あった。05年9月の総選挙でドイツが保守政党と社民党との大連立となり、
06年9月にもスウェーデンで総選挙があり、中道左派から中道右派に交代し
ている。左派が勝利し政権を取り返したのは、04年3月のスペインと、06
年4月のイタリアにとどまる(僅差での勝利だった)。筆者の知る限り、政権に
とどまっている緑の党は、皆無となった。こうしてみると、退陣目前にさしか
かってはいるものの、3回の総選挙に勝利し、97年5月から続いてきたイギ
リスのブレア政権が、いかに安定的に強かったがわかる。ちなみにブレア首相
は1953年生まれで安倍よりも1歳上だが、同世代とはいえ、またイラク戦
争に固執し墓穴を掘ったとはいえ、対イラク問題をのぞくと、安倍とブレアの
政治感覚は好対照である。
 こうしてみると、2000年4月に森政権が誕生して以来、小泉・安倍と続
く、福田赳夫の流れを汲む保守的な政権は、世界的な保守主義の流れの中にあ
ることがわかる(日本のメディアは、こういう見方をほとんどしていないが)。
 そのなかでも主要国の中で、もっとも右翼的で好戦的な政権がブッシュ政権
であることは、衆目の一致するところだろう(2001年1月から)。

保守主義の背景

 ではなぜ、これほど、保守政権が跋扈するようになったのだろうか。
 同時多発テロやその後の続発するテロ事件が、「危機管理」やセキュリティへ
の関心を高め、世論全体を保守化させているという面は否定できない。しばら
く前からアメリカ合衆国では、どの空港でもセキュリティ・チェックのために
靴を脱がされるようになった。私の経験では、合衆国外の空港で、靴を脱ぐこ
とを求められたことはない。ヨーロッパでも、カナダでも、メキシコでもそう
である。合衆国に国外から乗り入れる飛行機は毎日何千というオーダーだろう。
純粋にセキュリティ・チェック上の問題ならば、国内の空港で靴を脱ぐことに
はほとんど意味がないのではないか。しかし靴を脱がせることには、政治的な
意味があろう。空港で靴を脱がされるたびごとに、アメリカ国民と旅行者は、
アメリカがいかにテロの危険に曝されており、ブッシュ政権がいかに用心深く
テロ対策を行っているかを、「実感」させられるからである。靴を脱ぐ度ごとに、
人々はテロ対策を受け入れるのである。
 拉致問題も、同様の政治的な効果をもっている。安倍政権は、拉致問題を政
治的に利用してつくりあげられた内閣であるといってもよい。
 ヨーロッパに共通する背景としては、EU統合、EU拡大にともなう移民労
働者問題、失業問題がある。
 一般には、経済や情報通信におけるグローバル化の進展が、その反動として、
文化的・政治的ナショナリズムを増幅させるというメカニズムがある。
 私の知る限り、オランダの田園風景は「美しい」。ドイツの田園風景も、デン
マークの田園風景も「美しい」。大味で単調なきらいはあるが、合衆国のそこか
しこにも「美しい」場所はある。「美しい」のは、むろん日本だけではない。む
しろ東京の都市景観などは、国際的にももっとも低いランクなのではないか。
最近できた、旧汐留駅付近を再開発した品川駅近くのビル群をみると、よくぞ、
こんなにひどいものをつくったと、目を背けたくなる。1つ1つのビルは、美
しいつもりのようだが、ほかとの関係がまったく意識されていないかのようだ。
景観としての美しさを省みることなく、自己陶酔しているかのごときが、多く
の日本の高層ビルである。「美しい国」を率先して破壊してきたのは、歴代の自
民党政権であり、大手ゼネコンであり、建築家である。
 「美しい国づくり」という言葉に騙されるほど、国民はやわだと思っている
のだろうか。
 「美しい国」は、一種の自己満足であり、自己陶酔である。グローバル化し
た時代だからこそ、センチメンタルな自己陶酔が求められるのだろう。どこの
国でも。

保守政権と環境政策

 現ブッシュ政権が典型例だが、歴史的にみても、国際的にみても、一般に保
守的な政権ほど、環境政策に冷淡という傾向がある。環境問題への社会的関心
の頂点は、1972年のストックホルムと92年のリオデジャネイロの国連の
二つの環境会議であり、国際的には、その前後に、環境研究も活性化している。
しかし2001年9月の同時多発テロ事件以降、温暖化問題をのぞくと、国際
的には環境運動は「冬の時代」を迎えている。アメリカでは2004年秋に、
民主党系のシンクタンクが発表した「環境主義の死」というタイトルの論文が
話題を呼んだほどである。
 2002年5月に誕生したオランダの保守中道政権は、環境大臣を環境庁長
官に格下げし、オランダは、もはや環境先進国の道を追求しないことを政策と
している。
 今度の安倍政権でも、環境大臣の影はきわめて薄い。

 安倍政権を国際的な文脈で論じるためには、韓国・中国との関係が不可欠だ
が、それは別の機会にしたい。

               長谷川公一(環境社会学者 東北大学教員)


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