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3.連載「光と風と樹々と」(10)
     敗者の女神・勝者の落とし穴??サッカーも人生のようなものだ
               長谷川公一(環境社会学者 東北大学教員)

・ 敗北を抱きしめて??4強の2年前

 実力伯仲のチーム同士の「死闘」。ドイツで開催中の2006年サッカー・ワ
ールドカップ準々決勝はいずれも見応えのあるものだった。ドイツがアルゼン
チンに追いついて、PK戦の末に破った試合。ゴールキーパーのレーマンは、
アルゼンチンのPKを2本しか許さなかった。同じように、ポルトガルのゴー
ルキーパー・リカルドはイングランドのPKを3本も退けて勝利した。PK戦
は1キックごとにドラマチックで、120分闘った「動」に対して、集中する
「静」の対比が見事である。集団対集団に対する、1対1の対決。
 フランスがジダンの活躍で優勝候補のブラジルに勝利した試合、イタリアが
ウクライナに3-0で快勝した試合も、日本時間で朝4時からの中継のため、
ハイライトを見ただけだが、鮮やかだった。
 予選リーグで敗退した日本の目標はベスト4だったというが、日本がベスト
8にすすむにはあと何年かかるだろう、というのが正直な実感である。日本と
世界の一線級とのレベルの差の大きさを感じさせられたワールドカップである。
 準決勝にすすんだ4チームのうち、ドイツもフランスもイタリアも前評判は
それほど高くなかった。FIFAの世界ランキング(5月現在)ではポルトガ
ルは7位、フランスは8位、イタリアは13位、ドイツは19位である。目下
優勝しそうな勢いのドイツが19位で、日本が18位というのは信じがたいけ
れど。ちなみに世界ランキング1位はブラジル、2位はチェコ、3位はオラン
ダ、4位はメキシコである。
(http://www.tsp21.com/sports/soccer/fifaranking.html)
 ドイツは2002年の日韓大会は準優勝したものの、2004年のユーロ選
手権は決勝トーナメントにすすめず、立て直しのために現在のクリンスマン監
督が就任した。フランスは1998年フランス大会の優勝国だが、2002年
の日韓大会は1勝もできず予選リーグ敗退、2004年のユーロ選手権はベス
ト8どまりだった。ドイツ同様に、監督が現在のドメネク監督に交代している。
今回も、予選リーグでは韓国・スイスと引き分けるなどもたつき、1勝2引き
分けでかろうじて決勝リーグに進出した。イタリアも2004年のユーロ選手
権は決勝トーナメントにもすすめなかった。現在のリッピ監督も、仏独同様に
この敗退直後の就任である。しかも八百長や賭博などの不正行為疑惑が直前に
持ち上がり、ワールドカップどころではない、というありさまだった。200
2年大会でブラジルを優勝させたスコラーリ監督率いるポルトガルは、200
4年ユーロ選手権準優勝で、安定して強い。
 ベスト8クラスは紙一重ということなのだろうし、チームに底力があれば、
短期間で大幅なレベルアップが可能だということでもあろう。
 敗北こそが、チーム再編、新旧交代のチャンスだということでもある。むろ
ん監督の重要性を示してもいる。

・ 名手ジダン??2004年ユーロ選手権

 日本のマスメディアやサッカージャーナリズムは成熟していないために、主
観的な印象批評ばかりやっているが、まずこういう基本的事実を抑えておくべ
きだと思う。
 2004年6月ポルトガルで開かれたユーロ選手権が印象的なのは、オラン
ダ滞在中で連日テレビで楽しんだからでもある。期間中の国中の熱狂ぶりは確
かにすごいし、試合後のテレビ解説も細かくて辛い。
 戦慄を覚えたのは、グループリーグ第1戦のフランス対イングランド戦であ
る。6月13日スコットランドのエジンバラの宿でみた。イングランドが1対
0とリードしていたが、フランスのジダンが最後の2分間に、フリーキックと
ペナルティキックを見事に決めて、敗色濃かったフランスが2対1で逆転勝ち
した。これぞ土壇場で大逆転した「プロの仕事」だった。そのとき私は、『思想』
7月号の「リスクと社会」という特集号の校正ゲラを抱えていて、印刷所の締
切時間が目前に迫り、編集者の求める直しにどう答えるべきか苦悶していたの
だが、決めるべきゴールを決めてこそプロだ、と自分を励ましたことをなつか
しく思い出す。翌朝、ホテルから指定された印刷所へFAXを送った。
 このとき開催国ポルトガルを破り優勝したのは新興のギリシアである。しか
しギリシアは2004年秋の欧州予選で敗退し、今回のワールドカップには出
場していない。オセロゲームのような、めまぐるしい栄枯盛衰のドラマである。

・ジーコはなぜ失敗したか

 2敗1引き分けというワールドカップでの日本の惨敗を、メンバー発表目前
の「壮行試合」といわれた5月13日の日本対スコットランド戦(0対0で引
き分け)を見て、私は予感した。予選リーグ突破は困難だろう、1勝もできな
いのではないか、とその週の授業で学生たちに告げておいた。
 縦パスがとおらない、ゴール前のもたつき、相手守備陣を崩せないなど、ワ
ールドカップ3試合と同じような欠陥を露呈していた。
 結局は監督ジーコが期待していたレベルと、選手の「実力」との間に差があ
り過ぎて、そのギャップを埋めることに、監督経験のなかったジーコは失敗し
たのである。
 10数年来の懸案の得点力不足、体力や技術面での個々の選手の「非力さ」
を補うのは、セットプレーを重視するとか、かたちをつくることだろう。勝つ
ための戦術論や方法論は、非力なチームにおいてほど重要である。
 最大の問題は、そもそも監督経験のないジーコになぜこの4年間を委ねたの
か、ということである。元有名選手のもつ、漠然としたあるムードや雰囲気に
期待するというのは、日本のプロ野球などの監督選出にもしばしば見られる大
きな陥穽である。
 弱小チームを強くした実績をもつ人、できれば日本で監督としてチームづく
りの手腕を発揮してきた人をこそ監督にすべきである。指導者には明確な方法
論がなければならない。
 その意味では、オシム次期監督の選出は賢明な選択である。その苦労人とし
ての半生とユーゴ時代の艱難を描く『オシムの言葉』(集英社、2005年)は
一読に値する感動的な本である。オシム氏には、強くするための方法論がある。
日本人にはほとんど乏しい、知的なおとなのユーモアがある。バルカン半島が
育んできた知性は、こういうものなのか。
 それにしても、シュートを譲り合っていた、ワールドカップでの高原・柳沢
の2トップは、シュートを避ける日本社会の象徴である。日本代表のフォワー
ドでさえこうだ、というのは深刻な問題である。
 ブラジル戦終了後、中田英寿が泣き顔をユニホームで覆ったまま10分以上
もピッチに横たわっていたのは、国際舞台での日本人の悔しさの象徴ではない
だろうか。
 何の分野でもそうだが、敗北からいかに学ぶか、という所に真価があり、再
出発の原点がある。前述したように、今回のワールドカップの4強も、それぞ
れに敗北を抱きしめて、勝ち残ったのである。女神は、敗者にも微笑むのであ
る。
 フランスに敗れたブラジルのロナウジーニョは、勝ち続けることの難しさと
落とし穴を的確に語っている。「チームが勝つことに慣れるとこういうことに
なってしまう」。

                長谷川公一(環境社会学者 東北大学教員)


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