上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
2)COP11/MOP1での途上国問題の動向
           明日香壽川(東北大学東北アジア研究センター教授)

(1)途上国「参加」問題について
 まず、京都議定書および途上国「参加」問題に関して数点確認しておきたい。
 京都議定書を「米国や途上国が入ってないから欠陥品である」とする批判す
る声がある。しかし、この批判は認識不足によるものであり、論理的とも言い
難い。例えば、米国が離脱したことが理由であれば、米上院議員の3分の2が
賛成しない国際条約は自動的にすべて欠陥品になる。途上国が参加していない
という意味であれば、途上国は議定書に締約国として参加し、中国やインドを
含めた多くの途上国がすでに批准しているので事実に反する。途上国が排出削
減義務を負っていないという意味であれば、それは京都議定書以前のベルリン
での気候変動枠組条約第一回締約国会議(COP1)で形成された国際合意に
基づいたものであり、京都議定書はその合意を確認しただけである。
京都議定書批判は、温暖化対策自体に批判的あるいは消極的な人々が、自ら
の行動を正当化するために欠陥品というレッテルを京都議定書に貼って責任を
押しつけている、あるいは責任逃れをしている部分がある。特に、「現時点で途
上国にも温室効果ガスの排出削減を義務づけるべき」というのは、以下のよう
な3つの理由でアンフェアな要求だと思われる。
第一は、人口の大きさの無視である。たしかに、多くの排出量予測モデル計
算が、途上国(非付属書1国)全体の排出量は2030年~2050年の間には先進
国(付属書1国)全体の排出量を超えるとしている。しかし、これをもって、
特に米国や日本が中国やインドを名指しで批判するのは、仙台人(人口約100
万)が東京人(人口約1000万)に対して、「東京は仙台の10倍もの排出をして
いてけしからん」と言っているのと同じである(3人家族の人が、6人家族の
人に向かって「電気を使いすぎるぞ」と言うのとも同じ)。言うまでもないだろ
うが、人口が10倍あれば、アウトプットが10倍あっても何らおかしくないは
ずである。
第二は、一人あたりの排出量の大きさの無視である。実際には、途上国は人
口が10倍でもアウトプットはもっと小さい。なぜならば、一人あたりでは、先
進国に住む人々は途上国に住む人々の数倍の温室効果ガスを出しているからで
ある。例えば、米国は中国の約6倍、インドの約10倍を排出している。すなわ
ち、加害者責任(汚染者負担)という原則のもとでは、先進国の人々は数倍の
責任を負っている。一方の途上国では、中国だけで数千万人、全体では約16
億人がまだ無電化地域に住んでいるとされる。すなわち、人口増加中の途上国
の人々に対して現時点で削減義務を課するのは、「電気を使ってない人間は永
遠に電気を使うな」と命令することに等しいのである。
第三は、加害と被害の関係の無視である。IPCC(気候変動における政府
間パネル)などの科学的知見によると、洪水や干ばつなど、温暖化によってよ
り大きな被害を直接的に受けるのは、南に位置し、頑強なインフラ、災害保険、
他の地域へ逃げる術、そして食料価格上昇に対応できる経済的余裕のすべてを
持たない途上国に住む人々である。すなわち、途上国の人々は先進国の人々が
豊かな生活を続けることのとばっちりを受けている、あるいは尻ぬぐいを行っ
ている。より直截に言えば、私のところの留学生の何気ない言葉を借りると、
先進国の人々は間接的に途上国の人々に対して「システマティックな殺人」を
行っていることになる。
温暖化対策に伴う負担の分配を巡る状況は、芥川竜之介の小説「蜘蛛の糸」
を思い出させる。天国に続く一本の紐に、例えば7人の人間がつかまっている。
一番上にいて飽食で体重が200キロを超えている人が、下から上がってくる体
重40キロの栄養失調でガリガリに痩せて息も絶え絶えの人に向かって、「おま
えら6人を足した重さは俺よりも重い。だから、おまえら体重を減らせ。そう
しないとこの紐が切れてしまうぞ」というロジックで脅している。そして、一
番上の人間は、実は飽食をやめようとはせず、たとえ糸が切れても背中に宇宙
飛行士が持つような浮上装置を持っているので、下に落ちなくてすむようにな
っている。

(2)COP11/MOP1での動き
率直に言って、モントリオールでのCOP11/MOP1では、途上国「参加」
問題に関しては何も決まらないだろう。途上国、先進国に限らず、ほとんどの
国の国内において合意形成がなされていない状況で、国際合意を期待するのが
そもそも難しい。ただし、サイドイベントなどでは、2013年以降の枠組みであ
る「マルチステージアプローチ」や「削減と収束アプローチ」などの一人あた
りの排出量を指標としたアプローチの是非が議論されるであろうし、部門別目
標、部門別CDM、GDPあたりのエネルギーあるいは二酸化炭素排出量目標
などの、途上国に関係あるトピックに触れる議論や発言も少なくないだろう。
また、韓国やメキシコなどの、実質的な中進国あるいは先進国に属する国々の
関係者の発言も注目される。
 前述のように中国やインドがすぐに削減目標を持つことはありえないものの、
両国に対する強いプレッシャーがあるのは事実であり、それを両国とも感じて
いるのも確かである。しかし、中国とインドでは、1)一人あたり排出量の違い
(中国の一人あたり排出量は世界平均に近づきつつある)、2)現政権と現米国
政権との友好関係の深さの違い、などの理由で、そのようなプレッシャーに対
する反発の仕方も異なっているように思われる。私見だが、中国の場合、多く
の政府関係者や研究者が、内心では、GDPあたりのエネルギー消費量や排出
量に関する目標であれば、近いうちに何らかの形で受け入れざるを得ないかも
しれないとかなり真剣に考えているように思われる。
 実際に、中国の場合、また、2004年11月に発表された中国国家発展改革委
員会による中長期省エネルギー計画などによると、1)GDPあたりのエネルギ
ー消費量(2002年時点で2.68 tce/10000元)を、2010年には2.25 tce/10000
元(16%削減)、2020年には、1.54 tce/10000元(43%削減)、2)2000年の再
生可能エネルギー1%を2020年には10%に引き上げる、という大胆な国家目標
が作られている。したがって、これらの国内目標と、温室効果ガスの削減との
関連を、どのよう国内および国外にうまくアピールするかが課題となっている。
 また、(恐らく尽きることのない)技術移転や資金移転の議論や適応の議論、
そして先進国における温暖化対策の(不十分)な進展についても(先進国の弱
みを突くために)大きく取り上げられるだろう。
 いずれにしても、途上国に限らず、多くの国が様子見状態であり、議論の早
急な進展を期待することはできない。しかし、2013年以降の枠組みに関してモ
ントリオールで公式に議論が始まることは確かであり、京都議定書と同じよう
に、温暖化という巨大なリスクに対するささやかな一歩であるものの、前向き
に踏み出した重要な一歩だと考えたい。

           明日香壽川(東北大学東北アジア研究センター助教授)


-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-
スポンサーサイト
Secret

TrackBackURL
→http://isepseenarchive.blog88.fc2.com/tb.php/248-6369dfd1
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。