上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
3.連載「光と風と樹々と」(4)
 スローフードと「食の地元学」が提起するもの
               長谷川公一(環境社会学者 東北大学教員)

・現代の「通奏低音」

 東北大学の大学院で指導している院生が、『「食の地元学」と地域づくり―宮
城県旧宮崎町における「食の文化祭」活動を事例として』という力作の修士論
文を書き上げた。読みながら、スローフードや地元学を称揚する現代のまなざ
しと、市民風車をはじめとする自然エネルギーへの期待感との間には、ある「通
奏低音」が流れていることをあらためて実感した。今回は、予定を変えて、こ
の澁谷久美子さんの修士論文を参考に、どんな「通奏低音」が響きあっている
のかを考えてみたい。結論を先取りしていえば、(1)地元の食材(エネルギー
資源)や食(エネルギーの使い方)の伝統を大事にする地域主義であり、(2)
食(自然エネルギー)の本来的な豊かさの防衛と復権をめざす点であり、(3)
効率最優先の産業文明に対するアンチ・テーゼであり、(4)技術主義的な処方
箋への不信感である。大量消費の使い捨て文化を象徴する、原子力発電とファ
スト・フードの親近性と、それに対抗する、自然エネルギーとスローフードの
相同性は、面白い論点ではないだろうか。ファスト・フードのチェーン店がそ
うであるように、原子力発電所も、地域外からの侵略者であり、札束による地
域文化の破壊者である。
 
・ 「知識と快楽をペアにする」――スローフード運動の原点

 スローフード運動が始まったのは、1986年、この2月に冬季オリンピッ
クが開かれる北イタリアのトリノ近くのブラという人口約3万人弱の小さな町
においてである。今もここに、国際本部がある。
http://www.slowfood.com/(英語版など各国語サイト)
かたつむりをシンボルマークにして、規格化され・均質化されたファスト・フ
ード的な価値観に対抗するこの運動にふさわしい。小さな町や市からいろいろ
な動きが始まるのは、ヨーロッパやアメリカなどの「常識」といっていい。今
や100ヵ国以上に、8万人以上の会員がいる(2005年12月末現在、上
記サイトによる)。「絶滅」が危惧される食品を守るための「味の方舟」運動や、
環境教育ならぬ「味覚教育」など、卓抜な取り組みが行われている。
 スローフード運動の歴史は、島村奈津『スローフードな人生!』(2000年、
新潮社)などに詳しいが、創設者の1人で現会長のカルロ・ペトリーニ氏は、
1949年ブラの生まれで、大学時代は社会学を専攻したという。「大学紛争の
世代」で、「知識と快楽をペアにする」(イタリア的!)を合い言葉に、食事と
ワインをテーマとした地元での様々な文化活動がスローフード運動の原点であ
る。次は有名な話だが、「スローフード」という言葉が生まれたのは、1986年
のある晩、ペトリーニ氏と仲間達約10名ほどのディナーの場での会話からであ
る。ちょうどファスト・フードの代表、マグドナルドのローマ店出店問題をめ
ぐって、イタリア中が大騒ぎになっていたとき、仲間の1人が冗談のように口
にした「スローフード」という言葉に始まる。
 日本におけるスローフード運動の現状については、ニッポン東京スローフー
ド協会のサイトが詳しい。
http://www.nt-slowfood.org/about/index.html
2003年10月現在、日本には32の支部(コンヴィヴィウム(共生の意)
と呼ばれる)があり、2200人が会員という。サイトをのぞいた限りでは、
山形スローフード協会の活動が充実しており、具体的なイメージがつかみやす
い。
http://www.slowfood-yamagata.jp/
 
・ 「死んでる」と評された町での「食の文化祭」

 もうひとつの日本版スローフード運動といえるのが、「食の地元学」である。
イタリア直輸入の根無し草的な流行と化しかねない「スローフード」運動に対
して、地元学の提唱者で長年の実践活動の経験をもつ結城登美雄氏が、新たに
提起したのが「食の地元学」である。同氏の指導のもとで行われた「食の地元
学」の最初の試みが、1999年11月にはじまり現在に続く、宮城県宮崎町
(2003年4月合併により現在、加美町)での「食の文化祭」だった。澁谷
さんの修論は、スローフード運動との連関を論じながら、この活動の背景や直
面し、乗り越えられてきた、そして現在、とりわけ町村合併後に直面している
課題などを分析した社会学的な事例研究である。
 興味深いのは、宮崎町が特別な地域ではなくて、むしろ「死んでる町」だと、
宮城県商工会連合会に評されるぐらい、長年過疎化に悩み、活気の乏しい地域
だったということである。ここには何も特産品がないと地元の人びとも信じ込
んでいた地域での、「あるもの探し」が「食の文化祭」だった。「スローフード」
は地元にあったものなのである。約1500世帯の町で、1999年の第1回
には約600世帯から約780品、第2回には約1100品の家庭料理が出品
されたという。とくに圧巻は「年越し膳」にはじまる年間の行事食である。地
域の人たちは、農業地帯宮崎町の食のゆたかさを確認しあい再発見した。
2002年12月、「食の文化祭」活動は、「地域に根ざした食生活推進コンク
ール」で農林水産大臣賞を受賞している。その後、「食の文化祭」は、大分県竹
田市、熊本県水俣市など九州の市町村、秋田県阿仁町などにひろがっている。

・勝因は対抗的なフレームにあり 

 スローフード運動の世界的な成功や地元学運動の成功の一因は、アンチ・テ
ーゼ運動にとどまらない、きわめて具体的でポジティブな対抗価値の呈示に成
功している点にある。社会学ではフレーム(ひとことでいえば、運動などの動
員のためのコンセプト・枠組み)やフレーミングというのだが、ファスト・フ
ードに対抗するシンボルとして、「スローフード」は卓越したフレームであり、
シンボルだった。直感的でわかりやすく、言葉としての含蓄があり、包容力が
ある。「地元学」も同様である。今までどう表現すればいいかわからなかった、
ファスト・フードに対抗したいもやもや感を解消してくれる、あっそうか、と
「腑に落としてくれる」そういうシンボルである。「グリーン電力」や「市民風
車」にも、こういう側面があるだろう。
 もう一つわかりやすい例でいうと、2005年9月の衆院選は、「改革を止め
るな。」という小泉自民党の直裁なフレームが、「日本をあきらめない」という
民主党のフレームに圧勝した選挙戦だった。
 2004年5月から昨年3月末までの10ヶ月間のオランダとアメリカ・ミ
ネソタ州での在外研究で私が痛感したのは、政治的リベラリズムの世界的な苦
戦だった。環境・平和・人権という、リベラリズムを主導してきた普遍主義的
なシンボルが、2001年9月11日以降、急速に色あせてしまったのである。
政治的リベラリズムの復権のカギは、災害やテロリズム、雇用不安など、リス
ク社会に怯える人びとの心を捉え得るような魅力的な価値の呈示にある。スロ
ーフードや「食の地元学」が照らし出すのは、消費社会に対抗する価値として
の魅力である。

               長谷川公一(環境社会学者 東北大学教員)


−・−・−・−・−・−・−・−・−・−・−・−・−・−・−・−・−・−

スポンサーサイト
Secret

TrackBackURL
→http://isepseenarchive.blog88.fc2.com/tb.php/203-b216f9bb
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。