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1. 「風発」

あらためて問われる「国」と「公」
環境エネルギー政策研究所(ISEP) 所長 飯田哲也

毎日新聞のNPO欄で連載を始めることになり、その第1回の原稿を用意している
ときに、ちょうどイラク人質問題をきっかけとする「自己責任」問題が吹き上
がった。自衛隊派遣問題から世論の目をそらすために、政府がそのような言説を
垂れ流すことは、もちろん容認はできないが、「お上」に迷惑を掛けたと考える
時代錯誤のオヤジが多い「政府」の思考法としては理解できる。いっそう不気味
だったのは、これに草の根ナショナリズムが呼応し、記者クラブというタコツボ
に入っている大手メディアも、一時はほぼ同じ論調にはまった。その後、「自己
責任」論を問い直す論調が盛り返してきたことが救いだが、日本社会の危うさを
実感させられた一瞬だった。すでに多くの識者が論じた「自己責任論」(例えば
京都精華大学松尾真氏の論は秀逸である)をここで展開するつもりはないが、そ
れにしても下品極まりない発想ではないか。あえてジェンダーバイアス的に比喩
すれば、「閉じこもった下品なオヤジ国家」に転落するか、それとも「開かれた
紳士社会」を目指すか、知識人の責任は重いといえよう。(『国策というウソ』
(「NPO発」毎日新聞朝刊4月19日、http://www.isep.or.jpに再掲)

もう一つ、公共性を問う重要なテーマは、六ヶ所再処理工場の扱いである。政府
の対応は、六ヶ所再処理工場の稼働を前提とした19.6兆円のバックエンド費用が
あたかも社会的に正当化されたものとして、現在は、これを託送費用に上乗せし
てすべての電力需要家から徴収する制度化と、六ヶ所再処理工場のウラン試験の
準備が並行して進んでいる状況である。ところが、肝心の核燃料サイクルに正当
性がないと考える人が少なくなく、報道されているように、自民党の核燃料サイ
クル特別委員会や原産年次大会などでも異論が相次いでいる。米国でもMIT
(http://web.mit.edu/nuclearpower/)やハーバード大学
(http://bcsia.ksg.harvard.edu/BCSIA_content/documents/repro-report.pdf)
から相次いで再処理が不利であるというレポートが提出されている(なお、ハー
バード大学のSteve Fetter教授が、5月末から6月はじめにかけて日弁連の招へ
いで来日する。この問題に関して青森や国会で講演を行う予定である)。

ところで、筆者が3月に意見を発表した原子力委員会の「ご意見を聞く会」の後
に、原子力委員会から「ご質問」が寄せられているので、その回答を含めて、
ISEPのウェブサイトとメルマガで報告していくことにしたい。

資源エネルギー庁は「新エネルギー」の普及を目指す上で、大きな課題として浮
上している系統連系の小委員会を4月7日から立ち上げた。この系統の問題は、
技術面と制度面の課題が入り交じっているだけでなく、人もモノも情報もすべて
電力会社に囲い込まれているため、とくに議論の難しい課題である。しかしなが
ら、これはエネルギー政策における公共性そのものであり、今後も市民側からの
いっそうの検証と提言が求められる。(『送電線は誰のものか』「エネルギーデ
モクラシー第4回」Hotwired Japan,
http://www.hotwired.co.jp/ecowire/tetsunari/040413/)。なお、GENの2003年
度活動報告書に詳細な系統連系研究会の報告を載せているので、併せて参照され
たい(5月22日開催のGEN総会で配布、http://www.jca.apc.org/~genでも公開予
定)。

(お知らせ) 前号の「風発」で紹介した国立公園と風力発電の関係について、加
筆した小論が「国立公園協会誌」に掲載されます
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