上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
1.  風発  「コペンハーゲン・コンセンサス」
                       飯田哲也(ISEP所長)

日本では、ほとんど話題にならなかったので、ご存じない向きも多いだろうが、
保守政権誕生後のデンマークの環境政策に多大な影響を与えた環境懐疑主義
にビョルン・ロンボルグがいる(注1)。風発の2003年9月号で一度取り上げ
たのだが、ロンボルグの動静は、今後の気候変動政治や自然エネルギー国際政
治とも無縁ではないため、その後の状況を紹介したい。

ロンボルグは、デンマーク・オーフス大学政治科学部の助教授で、もともと無
名で環境研究での実績もない研究者だったが、1998年初頭からデンマークの政
治紙(Politiken)で「地球環境はじつは良くなってきている」という趣旨の連載
をきっかけにして、同国で激しい環境論争を巻き起こした。このような無名の
助教授が、代表的な政治紙に連載枠を与えられること自体が異例なのだが、そ
の後、2001年にその連載を下敷きにしてケンブリッジ大学出版会から「The
Skeptical Environmentalist」[邦題「環境危機をあおってはいけない」(文藝
春秋社)]が出版されてからは、ネーチャーなどの科学誌を巻き込んで、環境論
争も国際的に拡がった。

さらにロンボルグ自身がラスムセン現デンマーク首相(自由党)との個人的な
親交で知られ、同政権の誕生後の2002年2月には、「ロンボルグのための研究
所」(環境評価研究所、IMV)が設立されたことでも話題になった。ロンボルグ
は、2002年2月26日にIMV所長に就任した。その後、国際的な環境政治の場
に顔を出したのは、ヨハネスブルグ・サミットである。ただし、IMVは公式に
は政府機関ではなく独立の研究所であるため、ロンボルグはデンマーク政府代
表団には加わらず、ヨハネスブルグにフラッと現れてBBC主催の討論会に参加
した後、戻っていっただけなのだが、これにはウラ舞台がある。当時、デンマ
ークは欧州議長の席にあった。ロンボルグは、ヨハネスブルグ・サミット開幕
の一週間前にラスムッセン首相に個人的に会い、サミットに向けた欧州委員会
の文書を批判し、数日後にニューヨーク・タイムスに掲載される予定だった自
身の論考を手渡したという。その結果、ラスムッセン首相がヨハネスブルグ・
サミットで行った演説は、概ねロンボルグの主張(環境保全よりも経済成長優
先)に沿ったものとなり、さすがに京都議定書の否定まではしなかったが、そ
の重要性を強調することは避けたのである。このあたりに、自然エネルギーを
巡る国際合意に関して、欧州連合(EU)が強い政治力を発揮できなかった要因の
一つがあると思われる。

その後、ロンボルグがIMVの所長として実施した、最大かつ最後の「秘密プロ
ジェクト」が、2004年5月24日?28日に行われた「コペンハーゲン・コンセン
サス」である。開催を巡ってIMVの理事全員が辞任するなど、いわく付きの会
議である。会議内容は、人類が直面している「10の問題」を抽出し、ノーベル
賞受賞者3名を含む「世界的」な経済学者が、総額500億ドル(約5兆円)をこ
の10の問題に配分するというものだ。その結果は、優先順位の高い順に、HIV
問題に270億ドル、饑餓問題に120億ドル、貿易自由化(費用はほとんど不要)、
そしてマラリア対策への130億ドルで、500億ドルをすべて使い終わったので
ある。「10の問題」に含まれていた唯一の環境問題である地球温暖化問題に対
しては、したがって1円も配分されなかったわけだ。これに対して、ヴァルス
トロム前欧州環境委員長やテプファーUNEP議長も参加して行われた批判的な
並行会議(コペンハーゲン・コンシャス(良心))では、割引率が大きいために
長期的な危機が軽視されていること、配分する費用が例えば軍事費(世界全体で
100兆円規模)に比べて小さすぎること、そもそも経済学者が政治的にバランス
の良い資金配分ができるのか、といった批判が行われた。なお、コペンハーゲ
ン・コンセンサスは、その後2004年11月に、ケンブリッジ大学出版会から
「Global crises - global solutions」(地球的な危機?地球的な解決策)という
タイトルでその結果が出版されたほか、4年後にも、再び開催される予定とな
っている。

ロンボルグが「登場」した政治的な文脈には、言論上は1960年代後半から主流
となった新環境主義に対する保守主義の反発がある。レーガン政権やサッチャ
ー政権の時代に政治の主流では環境主義がズタズタにされた米国や英国と異な
り、ドイツやとくに北欧では、環境主義は思想的にも政治的にも主流を維持し
ている。その陰で、政治的には保守派、経済的には産業主義の人々は、ずっと
抑圧された感覚を持っており、その政治的な情念と知的中立を装ったポストモ
ダンなスタイルが結びついて、ロンボルグという「鬼っ子」が生まれたのであ
る。また、Politikenの編集長、ケンブリッジ大学出版会、ニューヨーク・タ
イムス、ワシントン・ポスト、BBCなど、一見リベラルで環境主義がやはり主
流のマスメディアの中に、ロンボルグの熱心な仲介者が登場したところにも、
今日的な歪みを見ることができる。すなわち、環境問題への実質的な取り組み
は遅々として進まない政治的な現実はさておき、言説上は環境主義が本流にな
ってしまったがゆえに、本流の言説に対する問い直しを試みたい「リベラル」
が、ロンボルグの環境陰謀にうまく乗せられている構図なのであろう。

ロンボルグは、コペンハーゲン・コンセンサスの後2004年8月にIMVの所長を
辞任し、いったんオーフス大学に復職したのだが、今年(2005年)2月になって、
「彼自身の『仕事』(=環境問題に関する論争)をする時間がない」という理由
で、オーフス大学も辞している。ロンボルグに最初に提供された仕事は、英国
5チャンネルのために環境問題に関するプログラムを作ることであった。コペ
ンハーゲン・コンセンサスを見ても、ロンボルグの照準は、気候変動問題に据
えられている。京都議定書は発効したものの、ロンボルグのような巧妙な「環
境陰謀ビジネス」の存在は、一応、警戒しておくべきだろう。

注1:Bjorn Lomborg。デンマーク語読みに従うと「ロンボー」と表記すべきだ
が、邦訳が英語読みに倣っているので,本稿でも「ロンボルグ」と表記する

                       飯田哲也(ISEP所長)


----

スポンサーサイト
Secret

TrackBackURL
→http://isepseenarchive.blog88.fc2.com/tb.php/115-51ef536f
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。