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1. 風発「フラガールとサッカーの旅から」
                        飯田哲也(ISEP所長)

先日、福島県いわき市に講演で呼ばれた折りに、せめて現地に行く前に見なけ
ればと思い、多事の合間をぬって評判の映画「フラガール」(李相日監督)を見
た。アカデミー賞にもノミネートされている前評判どおり、心地よい涙を誘う
佳作である。時代背景は、1960年代半ばの石炭から石油へというエネルギー革
命のまっただ中だ。斜陽していく産炭地常磐(いわき)で、「炭坑夫の炭坑夫に
よる炭坑夫のためのハワイアンセンター」の創設を、女性の成長物語として描
いたものだ。フラガールに挑戦した炭坑夫の娘も、ハワイアンセンターに挑戦
した炭坑経営者も、まったくの「異業種」への参入である。現実には、映画以
上の筆舌に尽くしがたい困難があったことだろう。

今日のいわき市は、合併効果があるとはいえ、30万人近い人口を擁し、南東
北では賑わいのある中核都市として栄えている。当時、石炭産業は、常磐地域
全体が炭坑と言われたほど地域経済の中心だった。その炭坑閉山に伴う大きな
地域変動を、常磐地域は、衰退していくことなく乗り越えることができたよう
に見受けられる。経済効果や雇用効果を考えれば明らかなように、一リゾート
施設だけで乗り越えられたことはありえず、むしろ例外的な話題の一つにすぎ
なかっただろう。それでもなお、常磐ハワイアンセンターの創設物語に、この
地域再生のカギが見てとれるのである。

繋がっているのは、炭坑を苦しめた大量のお湯(温泉)と人である。この2つ
の「資源」を元手に、単なるハコモノ建設でもなく、安直な外部産業誘致でも
ない、クリエイティブな力(想像力と創造力)で「異業種」への参入を成功さ
せたのである。これはまさに、ある場所に何らかの事由(一次産品の産出や手
工業の創始など)が人の集積を生み、その人の集積が新しい経済を発展させて
今日の大都市に発展してきたと分析したジェイン・ジェイコブスの創造都市論
そのものといえる。対極的に、日本各地の地方都市を訪れるたびに、脳みそが
流れ出たように賑わいが消え、寂れゆきつつある中心市街地を目の当たりにす
る。かつては工業一辺倒の企業誘致、その後は公共事業を「産業」としながら、
その整備した道路に沿って、市街地は周縁に拡散し、人々はより賑やかに見え
る「都会」へと吸い上げられてきた。あまりに想像力の欠けた都市「発展」の
姿ではなかったか。

さて、地域の力で脱石炭産業を乗り切ったいわき市が、豊富な「地域資源」(風
力、太陽光、温泉熱)を活かして、今度は、「新エネルギー革命」への先導役と
なれれば象徴的かもしれない。そんなことを考えながら、「常磐ハワイアンセン
ター」(現スパリゾート・ハワイアンズ)で迫力のあるフラガール・ショーを眺
めた後で、日本初の「カーボンゼロ・サッカーゲーム」にグリーン電力提供者
として出席するために、鹿島サッカースタジアムに移動した。余談だが、いわ
き市も鹿島サッカースタジアムも東京からは直通バスで結ばれているが、その
両地点間の移動は、実に不便である。優勝も絡まない最終戦だが、2万人近い
ファンや観客が集まっていた。鹿島アントラーズは、今年、茨城県からスタジ
アムの指定管理者の指定を受けて、新しい試みを始めたところだ。その第1弾
が、日本初の「カーボンゼロ・サッカーゲーム」というわけだ。まだ「都市」
どころか「卵の黄身」にも及ばない状態だが、いつの日か、ここも人の賑わい
の拠点となり、「都市」となるか。いや、鹿島やいわきだけではなく、日本の全
国各地で、地域の、そして一人ひとりのクリエイティブな力が問われている。

                        飯田哲也(ISEP所長)


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2. 連載「光と風と樹々と」(14)
「俺たちルール」と「画一ルール」??選挙に見るアメリカ社会
               長谷川公一(環境社会学者 東北大学教員)

■「何でもあり」の不思議な選挙

 アメリカでは選挙は11月の第1火曜にまとめて行われる(各党の大統領選
挙候補者を絞り込む、州ごとの予備選挙は6月の第1火曜に行われることが多
いが)。とくに11月の第1火曜は、大統領選挙(厳密には大統領選挙人を選ぶ)
や今年の中間選挙のように大きな選挙が行われる。実は大きな選挙だけでなく、
投票率を上げるための工夫だろう、州知事選挙も、州の上院議員選挙も、州の
下院議員選挙も、市の住宅委員の選挙とか、教育委員の選挙とか、草の根レベ
ルの小さな選挙もまとめてこの日に行われる。
 私は2004年の大統領選挙を目撃したが、当日投票所に足を運んでみるだ
けでも、やはり現場ならではの、面白いことがいろいろ見えてきた。そして、
アメリカの「民主主義」に根本的な疑問が湧いてきた。

■教会が投票所??宗教国家アメリカ

 投票日の前日、ミネソタ州の選管のサイトで、自分の居住地の投票所の場所
を確認し、当日の朝11時から約30分観察した。有権者と選挙の事務方以外
は投票所には入れない規則だが、日本からミネソタ大に来ている社会学者だが、
アメリカの選挙をウォッチさせてほしいと頼むと、のぞかせてもらえた。
 驚いたことに、私の居住地の投票所はカトリックの教会だった。壁に貼って
あった投票所リストで確認すると、人口約37万人のミネアポリス市内の合計
58カ所の投票所のうち、名前などから判断して11カ所が明らかに教会だっ
た。政教分離は近代国家の基本原則のはずだが。「美しい国」や品格好きの「改
憲論者」でも、神社や寺院を投票所にというようなアピールはできまい。
 しかしアメリカではごく自然に、教会が投票所になっている。しかも有権者
もほとんど疑問を抱いていないようだ。好意的に考えれば、コミュニティの核
として、教会が機能してきたからだともいえようが、選挙の中立性という観点
からも疑問である。カトリックの教会は、カトリックの候補者に相対的に有利
であり、プロテスタンの教会は、プロテスタントの候補者に有利に心理的に作
用するのではないか。
 そもそもアメリカは、建国以来、厳密にいうと、政教が分離していない「神
の国」である。大統領選のディべートでも、共和党のブッシュはむろん、民主
党の候補者も、自分が敬虔なクリスチャンであることを強調し、最後に「神は
我が国を祝福している」と付け加えていた。大統領や議員の宣誓式も聖書に手
を置いて行われる。ドル紙幣の裏にも、「神を信じる」と「信仰告白」がなされ
ている。
 ちなみに本日12月3日付けの河北新報には、11月の中間選挙でアメリカ
史上はじめて当選したイスラム教徒の下院議員(ミネソタ州選出)が、来年1
月の宣誓式で、コーランに手をおいて宣誓したいと述べて、反発を呼んでいる
という記事が出ていた(共同通信系の配信)。もしこれが政治的な反発などで認
められなければ、アメリカは、いよいよ、実質的に「信教の自由」さえもない、
宗教国家ということになろう。

■本人確認は住所とサインだけ

 事前に有権者登録をしていれば投票は簡単である。住所と名前を聞かれて、
登録有権者名簿の所定欄にサインをして、投票用紙と引き替える緑色のカード
をもらう。日本では入場券と生年月日が必要だが、本当に自分が登録有権者本
人であるかどうかを、ミネソタ州では、住所と名前でしか確認していなかった。
替え玉投票はこれで完全に防げるのだろうか。

■有権者が、有権者数が事前に確定しない。投票率が厳密にはわからない!

 日本には住民基本台帳があり、住所を移すと、選挙人名簿に自動的に名前が
登録され、居住地で投票することができる(最低3カ月の居住が必要)。日本で
は、被選挙権者の名前と数は、投票日前に確定している。有効投票率はその日
のうちに市町村の選挙管理委員会ごとに発表される。一般の日本人の感覚では、
これは公正な選挙のための「常識」である。
 しかしアメリカには住民基本台帳という制度はない。選挙権は18歳以上か
ら持てるが、18歳以上の人口の正確な統計や台帳がそもそもないのである。
 アメリカではそもそも有権者登録をしないと投票権がない。例えば2000
年の大統領選挙でのミネソタ州の投票率は、州の選管によると、245万
8303人が投票し、投票率69.40%という公式発表だが、分母になる1
8歳以上の人口は、354万7000人という丸い数字でしかない。百の位以
下は切り捨てなのだろう。連邦全体でも、18歳以上の人口2億581万
5000人という丸い数字だ。結局、アメリカには正確な投票率がないことに
なる。
 2000年のミネソタ州の場合、投票した人のうちの18.8%は、当日有
権者登録した人だった。2000年の連邦全体の投票率は51.3%であり、
ミネソタ州の投票率は18%も高いが、ちょうど、当日の有権者登録分だけ、
投票率が高かったことになる。ミネソタ州の住民の政治的関心がとくに高いと
いうわけではない。制度に由来するのである。
 ミネソタはじめ6つの州では、投票日当日に有権者登録ができる。アメリカ
国籍をもつ満18歳以上の人で、投票日の20日以上前からミネソタに住んで
いる証明ができれば(公共料金の領収書などでもOK)、投票できてしまう。朝
隣の州で投票し、夕方は別な州で投票する、なんてことも簡単にできるのでは
ないか(少なくとも投票日当日はチェックできない)。
 得票した人のうち2割近い人の選挙権が当日に確定する、というような仕組
みでは、選挙が混乱するのは当然だろう。実際、南部など、共和党の勢力の強
い州では、アフリカ系の有権者などに対する共和党系の立会人からの嫌がらせ
的な投票妨害の存在が指摘されている。2004年の大統領選挙時も、ミネソ
タ大のキャンパス内の投票所では、NGOの女性弁護士2人が選挙が公正に行
われているかどうかウォッチしていた。この日一日、市内の投票所を手分けし
てチェックしてきたのだという。
 問題の根本的な背景は、そもそも「正確な」選挙人名簿がないということに
あろう。

■「俺たちルール」対「いただきます・ごちそうさま」

 霞ヶ関の官僚の支配力が強い日本では、明治政府以来全国画一のルールが行
き渡ってきたが、アメリカはどんなに不合理であってもローカル・ルールやタ
ウン・ルール、つまりコミュニティレベルから積み重ねる「俺たちルール」の
好きな国であり、ワシントンの統制が利きにくい。「俺たちルール」の手直しの
積み重ねでやってきた国であり、ある意味では、全国的な視野で物事を考えた
がらない人たちでもある。自地域中心主義の発想の人たちが、「世界の警察官」
気取りの政府を実質的に選んでいるところに、アメリカの大きな問題がある。
 日本では悪いのはすべて霞ヶ関の官僚というトーンがあるが(それは「霞ヶ
関で決めてくれ」という依存の裏返しでもある)、地方自治や分権というのがき
れい事ではすまない事をアメリカ社会は教えてくれる。
 そもそも住民基本台帳がないのは、政府への不信に由来するのだというのが、
私のホストだったブロードベント教授(ミネソタ大)のコメントである。政府
は何をするのかわからないから、なるべく政府に情報を集めない方がいい、と
いう考え方である。率先して、お上におのが情報を進呈する日本人のお人好し
ぶりとは好対照である。
 「はい、手はお膝。みんなでいただきます」「みんな食べ終わって『ごちそう
さま』をするまでは、席を立ってはいけません」。日本では保育園や幼稚園から
きちんと仕込まれる。けれども、英語には、「いただきます」や「ごちそうさま」
にあたる言葉はない。そんなことは言わずに、銘々勝手に食べはじめて食べ終
わる。日本人の感覚では、実にお行儀が悪い。パーティーでもとくに進行役の
仕切りもほとんどなく、いつのまにか、少しづつ客がいなくなる。
 寄せ集めの移民の国。他者への不信と政府への不信に満ちた人々を束ねてい
くためには、宗教=神(超越的な権威)を持ち出すしかないというのが、アメ
リカ社会の現実なのかもしれない。

  「誰かのことを批判したくなったときには、こう考えるようにするんだよ」
 「世間のすべての人が、お前のように恵まれた条件を与えられたわけではな
 いのだと」
              ??『グレート・ギャツビー』(村上春樹訳)

               長谷川公一(環境社会学者 東北大学教員)


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3.デンマークから学ぶ持続可能なエネルギー社会
第三回 未来を選び取るための政治的闘い
         細川和朗(ISEPインターン生:神戸大学国際文化学部)

SEENの貴重な誌面を頂き、デンマークの持続可能なエネルギー社会の構築
に携わる人々から学んだ「地域における再生可能エネルギー100%供給の実
現可能性(第一回)」や、「需要側アプローチやライフスタイルに関わる省エネ
ルギーの重要性(第二回)」を紹介してきた。最終回の今回は、エネルギーと政
治について力説してくれた「Nordic Folkecenter(以下、フォルケセンター)」
のプレーベン・マガード氏の取り組みを紹介したいと思う。

デンマーク・ユトランド半島北西部Ydby(ウビュー)。青く澄んだラグーンに
面し広大な農地が広がる小さな町にフォルケセンターという再生可能エネルギ
ー技術のデモンストレーションを実施している研究所がある。世界風力エネル
ギー協会名誉会長でもある所長のプレーベン氏と奥さんのイエナ氏が暖かく迎
え入れてくれた。

まず、フォルケセンターについて説明する。
もともとプレーベン氏が1980年代に政府の原発導入に反対して「原発に代
わるだけの風力発電機が設置できることを民衆の力で見せてやろう」と自ら私
財を売り地元の職人ともに始め、風力発電機の設計・建設・情報提供・技術的
サポート等を行ってきた。

現在のフォルケセンターの目的は、再生可能エネルギーシステムの開発・研究、
再生可能エネルギーのコンサルティング(製造業者、地元消費者、関連団体な
ど)、個人・市民グループ・行政機関などへの情報普及、施設内におけるエネル
ギーシステムの実験・実証・デモンストレーション等で、誰でも自由に見学す
ることができ、常に開かれた環境が整えられている。だから、国内・海外から
様々な人々が訪れるようだ。日本からも多数。テレビ局・大手製造会社・食品
会社、市民グループから研究者・学生まで。どの訪問者に対してもしっかりと
した説明が受けられ、気が済むまで十分に理解できるように宿泊施設まであり
何日でも滞在できるようになっている。施設内には、様々なタイプの太陽熱温
水器や太陽光発電パネル、大小の風力発電機、バイオドーム、緑の下水処理、
地下断熱建築、バイオガスプラント、バイオディーゼル車(菜種油)などいく
つもの興味深い再生可能エネルギー技術が紹介されている。私は1泊したが、
それでも全部の説明は受けられないほど種類も内容も豊富だった。

また一時的な訪問者とは別に、研修生も受け入れている。私が訪問した際は、
フランス人とカナダ人の学生が研修生として数ヶ月滞在していた。これまでに
数百人の研修生を国内外から受け入れきたようで、このように世界各地にフォ
ルケセンターで身に付けた知識や技能が生かされている。アフリカのマリ出身
の元研修生は、マリ政府やデンマーク政府国際開発機関(DANIDA)など
の協力を得て、マリにも同様にフォルケセンターを開き、再生可能エネルギー
の普及による住民の生活改善を目指している。さらに東欧の無電化地域での太
陽光発電による電力供給なども実施し、途上国での草の根レベルの国際協力も
担っている。

しかし残念ながら2001年の政権交代以降、デンマーク政府からの資金援助
の削減という状況を前に、活動規模を縮小せざるを得ないのが現状のようだ。
20名ほどいたスタッフも半数にせざるを得なかった。しかし、70歳を超え
るプレーベン氏は長く培われた反骨精神と残りのスタッフと供に積極的に活動
している。そんな彼は、「エネルギー問題は政治問題である」と熱く語ってくれ
た。これまで闘い続けてきた彼の言葉には重みがあった。そのすべては伝えき
れないが、エネルギーと政治に関する主なポイントを取り上げる。

エネルギーと政治がどう関連しているか。
少しばかり例を挙げてみると、石油の場合、巨大石油会社は資本力を存分に活
かしたロビー活動や広報活動。また化石燃料全般に関しては、開発や輸送など
のために政府から出されている補助金。デンマークは原発導入を市民の手で阻
止したので現在原発はないが、日本の原子力開発利用は政治そのものである。
始めから政府主導で開発され、政策的な方向付けや予算がなければ電力会社単
独で原子力事業を推進することは不可能だ。さらに各エネルギー源別の研究開
発費をみても明らかであるように、原子力に圧倒的に費やされている。このよ
うに再生可能エネルギーは他の電源と比較して差別的状況にある中で、コスト
が高いやエネルギー安定供給に不十分だなどの批判を浴びることとなる。しか
し、これは大いに政治的な批判であり、現体制を維持しようとする既得権力者
たちによるプロパガンダである。

なぜ既得権力、例えば電力会社が技術的にも成熟してきた再生可能エネルギー
に嫌悪感を示すのか。様々な理由が考えられるが、一つに化石燃料資源と再生
可能エネルギー源の性格的な違いにある。現状では、政府によって手厚く補助
付けされた集中型エネルギー源である化石燃料を用いて大量に電力を発電・送
電・配電している。この集中的な発電設備や系統設備を保ち続ける限り、電力
会社の市場独占のような状況は変わることはない(日本の場合、発電分野で新
規事業者の参入が段階的に始まっているが)。しかし、再生可能エネルギーは、
分散型エネルギー源であり各地域のエネルギーの自給率を高めることができる。
つまり、地域によって違いはあるが、風、太陽、水、森林などどこにでもある
資源を活用することで市民でもエネルギーを自ら供給できるということだ。住
宅の屋根に設置するだけの太陽光発電や太陽熱温水器、市民出資によって設置
された風車、家電暖房ではなく木質ペレットを利用したストーブ。こうなると
電力会社は徐々に市場シェアを失う可能性がある。だから、電力会社は再生可
能エネルギーの普及に消極的というわけなのである。

では再生可能エネルギーの普及のためにはどうすればよいか。
プレーベン氏やイエナ氏によると、(1)送電線への接続権利、(2)電力会社
による再生可能エネルギー買い取り義務、(3)固定価格制、これらを政治的に
勝ち取る必要があると言う。現在、電力消費量の約20%を風力から賄うデン
マークでさえ、これまでの過程における既得権力の抵抗は強かったようだ。た
だ日本と違い、デンマークは集中型エネルギーの典型である原発を持たなかっ
た。原子力事業に圧倒的に注がれる国家予算や政府・官僚・産業界の政治・経
済的パワーが存在する日本の場合は、まずなんとかエネルギー政策を公平かつ
民主的な場で議論し、経済・社会・環境などの観点から多角的に評価した公共
政策としてエネルギー問題を扱う必要があるように思う。


以上で、SEENの誌面をお借りして3回に渡ってデンマークで見て聞いて学
んだことを要約して伝えてきた。エネルギー問題についてよくご存知の方であ
れば、一般的な話で物足りなかったかもしれない。ただ、エネルギーの将来は
その社会で暮らす市民自身がしっかりと考えていかない限り持続可能なものに
はなり得ないのではないかと私は強く感じた。デンマークにおいても、もし市
民がなにも声を上げなければ政府によって原発は導入されていただろうし、低
エネルギー社会の提案に耳を傾けなければエネルギー需要は右肩上がりに増加
していっただろうし、地元住民が再生可能エネルギーに興味を示さなかったら
小さな島で風車が立ち並ぶこともなかったように思う。そういった意味から、
一学生として自由に動き回り見聞きした内容をより多くの人に伝え、ともに考
えてもらいたいという私なりの意図で書かせてもらった。

最後に、拙い文章を読んでくださった読者の皆様、そしてSEENに掲載して
くださったスタッフの皆様、そしてデンマークで親身に話を聞かせてくれた人
たちに、心より感謝したいと思います。Tusind Tak!

         細川和朗(ISEPインターン生:神戸大学国際文化学部)


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4.プロジェクトフラッシュ

1)「薪づくり&たき火クッキング体験」
                  成田真澄(備前グリーンエネルギー)

備前みどりのまほろば協議会では、11月19日に備前市民を対象に「薪づく
り&たき火クッキング体験」を開催しました。備前市では身近に存在するもの
の、滅多に入らない森に入り、自ら燃料を取り、エネルギーをつくりだす過程
を楽しみながら体感する催しです。
参加者は、大人10名とこども15名でした。当日は小雨が降ってしまいまし
たが、子供たちはなんのその、元気いっぱいに参加してくれました。
そして、今回のイベントは備前市森林組合に後援をいただき、準備・運営から
協力していただいて開催することができました。

集合した参加者は、始めに備前市森林組合組合長の小寺さんから、森のお話を
伺いました。小寺さんが幼い頃には、よく森に入って遊び、生活に必要な資源
をとっていたそうです。そして森に人が入らなくなったころから、森は暗くな
り様子が変わってしまったとのお話でした。
次にみんなで森へ移動し、森林組合の方々にチェーンソーでの丸太切りを実演
していただき、みんなで薪割りに挑戦しました。森林組合員の方々は上手に割
っており、見とれてしまうほどなのですが、自分でやってみるとなかなかうま
く割れません。大人の参加者にも初めての体験で、苦労しているようでした。
そして、束ねた薪をみんなで運んで、いよいよ火おこしです。
薪と枯葉をうまく空気が入るように摘んで、火をつけます。始めは煙が出てい
た薪も、よく燃え出すと煙が出なくなります。自分たちで竹にパンを巻きつけ、
おこした火でパンを焼きました。競って火の周りに集まる子供たちには、少し
くらい焦げても、自分で焼いたパンはおいしいようです。
お焼きやダッチオーブンで調理した鶏の丸焼き、焼きマシュマロなど、薪や炭
で料理したもののおいしさ、楽しさを存分に味わうことができました。

参加者からは、「炎を使って料理することの大変さと楽しさを子供たちと一緒
に体験できてよかったです。」「通常の生活では決して体験できないことばかり
なので子供たちはいい経験ができたと思いました。」などの感想が寄せられまし
た。
森林バイオマス利用の達人である森林組合員の方々から、子供たちを含め参加
者は色々なことを教えてもらうことができました。今後も地域の自然や資源を
活かした活動をしていきたいと思います。


++++++++++
2)ライフスタイルフォーラムに出展
                  阿部耕太郎(ISEPインターン)

2006年11月11日~12日に「ライフスタイルフォラーム2006」が
新宿御苑にて開催された。初日は大雨で客足は伸びなかったが、二日目は天気
にも恵まれ、二日間での来場者数は5000人を超え、大いに盛り上がった。
ライフスタイルフォーラムとはNGO/NPO・企業・行政の協働によって、
大量生産・消費・廃棄の経済社会構造からの脱却、また、地球温暖化防止への
関心を高めるため、幅広い層に身近なところから環境にやさしい生き方を考え
てもらうきっかけづくりを提供するフォーラムである。

フォーラム当日は、子供連れの家族、老夫婦、外国人カップル、大学生と非常
に幅広い層が来場していた。そして、彼ら彼女らのライフスタイルが混在する
中で、各々のブースでは環境にやさしい生き方を考える機会が提供され、来場
者には様々な気づきがあったようだ。例えば、あるブースでは、年配の夫婦が
協力しながら、地球温暖化問題のクイズを解いていた。その過程で、自分たち
がいかに他国と比べて二酸化炭素排出をしているかを"気づき"、今後は電気の
つけっぱなしやごみの分別などをもっと心かげると語っていた。まさに来場者
のライフスタイルがより環境に優しい生き方に変化していく瞬間ではないだろ
うか。

ISEPは2日間のフォーラムでは、ブースを訪ねていただいた来場者に対し
て、グリーン電力や市民ファンドに関する説明をおこなった。ブースに足を運
んでくれた方々はグリーン電力や市民ファンドの仕組みに大変興味を示して頂
き、来場者によってはグリーン電力関連商品の購入を検討して下さる方もいら
っしゃった。その中でも私が最も印象に残っているのは、小学生の子供連れの
母親とのやり取りである。その母親が子供たちに風力発電や太陽光発電に関し
て説明している様子は微笑ましく、同時に子供達のエネルギー・環境問題の知
識量には驚かされた。母親は子供達が学校で環境に関しての授業があるため、
自分自信も勉強を始めたとおっしゃっていた。このように、親から子へ子から
親へとライフスタイルのあり方を考える機会が増えていき、より環境にやさし
い生き方を考えてもらえる現場に立ち合うことが出来たことが非常に嬉しかっ
た。

フォーラム開催中はあっという間に時間が過ぎ去ってしまったが、新宿御苑の
芝生で今度はゆっくりと時間がある中で、本を片手に寝転がりながら、自分の
ライフスタイルのあり方を考えてみるのもいいかもしれない。


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