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1. 風発 「郵政と核燃が問うもの」      飯田哲也(ISEP所長)

 解散総選挙である。大マスコミでは、郵政民営化の是非が前面に出ているが、
このようなあまりにも愚かで誤ったアジェンダ設定は国民の不幸でしかない。
「郵政政局」以前の小泉政権が置かれていた状況を少しでも考えてみれば、「郵
政めくらまし解散」であることくらいわかるだろう。内政では、国と地方をあ
わせた公的債務が1000兆円を超え、もはや時間の問題といえる国家財政の破綻
や、大穴の空いたまま手が付けられていない年金制度改革、構造的なムダにメ
スが入るどころか焼け太りした道路公団民営化や独立行政法人化。露骨なブッ
シュ政権追従の姿勢のために、イラク戦争が泥沼化するにつれて、見直しと撤
退の続く各国の中で、相対的に日本が突出しつつある。靖国神社参拝のために
周辺諸国との関係もかつてない最悪の事態で、北朝鮮六カ国協議も国連常任理
事国ももはや完全に蚊帳の外となっている。
 冷静に考えれば、よくもまあ、ここまで酷くしたものだというのが、正当な
評価ではないか。その後、著名女性やホリエモンまで動員した「刺客」騒動、
森サメ脳前総理自身がやらせを暴露した「ひからびたチーズ会談」など、見え
透いたメディア・ポリティクスは、いいかげんにしろと言いたい。小泉政権が
やってきたこと、やろうとしていることは、20年遅れでやってきた、しかも思
慮浅薄な「市場原理主義」にほかならない。
 それにしても日本では、大きな争点となると、必ず複雑な内容を捨象した「2
項対立」のキャッチフレーズ政治となる。そして、それはいつも本来の問題か
らずれ、不毛で逆効果ともいえる帰結に終わる。政治改革が小選挙区制の是非
に終わり、未だに大マスコミでは「2大政党制」というイリュージョンが支配
的だ。行政改革は省庁再編へ、機密費改革を含む外務省改革は「真紀子と宗男
劇場」へ、特殊法人改革は道路公団民営化や独立行政法人化へとずれていった。
すべてに共通しているのは、発端となった問題で、徹底的かつ組織科学的な原
因の究明が行われず、問題が構造化されず、したがって適切な処方箋が提示さ
れない。そして何と言っても、責任者が責任を問われずに居座っていることだ。
 ところで、核燃料サイクルの是非も、じつは日本のエネルギー政策の岐路と
なる大きな争点なのだが、社会的に大きな争点に隠れたことや、科学や原子力
の議論がなかなか広がりを持たない社会的な土壌のために、残念ながら、それ
ほど論点として浮上していない。ここでも、原子力ムラの人々は、「リサイクル
か、使い捨てか」という、安直で表層的な「2項対立」を垂れ流そうとし、少
なからぬメディアがそれに乗っていたのである。
 9月4日に福島県の主催で私どもが協力して開催する国際シンポジウム「核
燃料サイクルを考える」では、原子力委員会長計策定会議で推進を決めた核燃
料サイクルの論理矛盾を、余すところなく反証している。参加頂けない方も、
ぜひ後日の報告書や福島県からの報告を読んで頂きたい。けっして単純な2項
対立ではなく、国際的な影響も含めて、統合的でかつ現実的な解を慎重に求め
ていくことの必要性が理解して頂けるはずである。
 これだけ複雑化した今日の知識社会で、ここまでいい加減な政治とメディア
が支配的な国は、少なくとも民主主義と市場経済の先進国には、見あたらない
のではないか。そのような水準の国が、熟慮を欠いたまま「核燃料サイクル
にのめり込もうとしているのである。その自らの無責任さを理解できない無責
任構造にこそ、深刻な問題が潜んでいるのである。

 飯田哲也(ISEP所長)


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2.特集「核燃料サイクル

 原子力委員会は新しい原子力政策大綱(案)を7月に発表、パブリックコメ
ントを実施し、近く最終案がまとめられる。これに合わせて、9月4日(日) 東
京都千代田区大手町にある「JAホール」にて、福島県の主催により、国際シ
ンポジウム「核燃料サイクルを考える」が開催される(お知らせ欄参照)。
 このシンポジウムを前に、当日のパネラーの一人である、吉岡斉九州大学大
学院教授からご寄稿いただいた。また、ISEP副所長の大林ミカの政策レビ
ューのほか、主催者でありわが国有数の発電県で、電源立地県の立場から様々
な提言を行っている福島県が、原子力委員会の原子力政策大綱案の核燃料サイ
クルについて提出した意見を、資料として紹介する。


寄稿「原子力介護政策と、その一環としての再処理介護政策は、認めがたい」
           吉岡 斉(九州大学大学院比較社会文化研究院教授)

 新しい原子力政策大綱が近く策定される見込みである。それは原子力委員会
が約5年毎に改訂を重ねてきた原子力研究開発利用長期計画を引き継ぐ長期政
策指針である。原子力委員会新計画策定会議は7月29日、原子力政策大綱(案)
を発表し、8月28日まで1カ月にわたりパブリックコメントを実施し、同時に
全国5カ所で地方公聴会を実施した。9月16日の第32回会議では、それらの
場で提出された国民意見の反映の仕方等について審議が行われ、その次の第3
3回会議(9月末又は10月初旬)で、最終案がまとまり原子力委員会に答申さ
れ、さらに何らかの形で閣議に提出される見込みである。今後大きな政変等が
起こらない限り、2004年6月21日に第1回が開かれてから1年あまりの長丁
場も、どうやら終幕を迎えそうだ。
 今回の原子力政策大綱の、「主要三事業」(原子力発電、核燃料サイクル、高
速増殖炉)に関する方針は、以下のとおりである。
 第1に、政策大綱(案)には、原子力発電を日本の発電電力量全体の30〜40%
程度という現在の水準程度か、それ以上の水準に、21世紀全体をとおして、
維持することが適当であるという認識が示されている。そしてこの数値目標の
達成を確実にするための取組を、政府と電気事業者は進めるべきであるとされ
ている。たとえば既設の商業発電用原子炉(原発)の廃止に際しては、代替原
発を建設する、つまり原発を原発でリプレイスすることを基本とするという方
針が示されている。代替原発のスペックについても、大型軽水炉を中心とし、
状況によっては中型軽水炉も選択肢とする、というきわめて具体的な指針が示
されている。
 第2に、核燃料サイクルバックエンドに関しては、電力会社に実質的に再処
理を義務づけ、六ヶ所再処理工場の円滑な操業を奨励し、そのコスト補填のた
めの法的措置を講ずるという現行政策を堅持する方針を、政策大綱(案)は示
している。批判的委員は現行政策の推進に対して、主に3つの理由を挙げて異
論を唱えてきた。第1に、日本が約40トンのプルトニウムを保有(大部分は英
仏で保管)しているのに、これ以上プルトニウムの在庫を増やす正当な理由が
ないことである。第2に、日本の理由なきプルトニウム増産が世界の核軍縮・
核不拡散に悪影響を及ぼすことである。第3に、再処理事業の推進は、電気事
業者に多大な経営リスクを背負わせ、それが顕在化した場合には、バブル経済
崩壊後の金融危機のときと同様、莫大な国民負担が必要となることである。そ
もそも再処理等積立金自体が、再処理をやらない場合には不要の国民負担増で
ある。多くのマスメディアも同様の懸念を表明していた。しかし策定会議はそ
うした懸念を押し切って、現行政策堅持の決定をした。ここで当然問題となる
のは、「余剰プルトニウム」の扱いであるが、政策大綱(案)本文をよく見ると、
余剰プルトニウムという用語自体が消えている。米国ブッシュ政権が続いてい
る間に、「プルトニウムは幾ら溜め込んでも、管理さえしていれば何の問題もな
い」という新たなルールを、実質的に作ろうとしているのだと推察される。(原
子力関係者はブッシュが政権にある2008年までに、第二再処理工場の建設計画
の橋頭堡を築いておきたいと考えているとも推察される)。
 第3に、高速増殖炉研究開発に関しては、当初の結論は、研究開発機関の調
査研究の結論をまって2015年頃から実用化計画について検討するというもの
だった。ところが商業用原子力発電に関する審議が始まった3月になって突然、
「2050年頃からの商業ベースでの導入を目指す」というアイデアが登場し、政
策大綱(案)にもそれが取り入れられた。2050年頃というのは、軽水炉の寿命
を60年とし、既設の原子炉が新たな原子炉によってリプレイスされると仮定し、
現在の既設炉のリプレイス集中期の後半にかろうじて間に合う時期に当たる。
そこに至るまでの開発構想もそのフィージビリティも全く議論されぬまま、こ
の結論が出された。(高速増殖炉研究開発の利害関係者たちは、この結論に勇気
づけられて、パブリックコメントや地方公聴会で、2050年までの開発構想を示
せと、原子力委員会や策定会議に詰め寄っている。権益の維持・拡大のみに関
心のある関係者たちの、的外れな要求の口実とならぬためにも、2050年という
目標年次の削除は不可欠である)。
 今回の「原子力政策大綱(案)」は、原子力研究開発利用の推進について、従
来よりも一段と「ハードコア」な方針を示している。だが筆者に言わせれば「ハ
ードコア」は外見だけであり、実質的にはこれは「原子力介護プラン」に他な
らない。
 たとえば21世紀全体をとおして原子力発電シェアを30〜40%以上に堅持
せよという目標が国策として定められれば、電気事業者はそれに協力すること
を条件として、あらゆる政府支援を要請することができる。そして事業経営の
長期的安泰に関する政府保証を獲得することができる。それには新自由主義改
革を手加減することが含まれよう。また原発立地自治体は、こうした国策が示
されることにより、原発の廃止によるゴーストタウン化の不安を、多少は和ら
げることができる。
 核燃料サイクルバックエンドに関する従来政策の堅持についても、事業者に
対する政府保証(国民へのコスト・リスクの転嫁)と、立地自治体に対する交
付金・固定資産税・雇用の保障、という目的が背景にあることは容易に見て取
れる。
 高速増殖炉については、今後も2050年を展望するほどの超長期にわたって巨
額の税金を注ぎ込むことが、約束されたと見るべきだろう。
 これが「原子力介護プラン」である以上、介護費用を負担させられる国民は
「果たして原子力は介護に値するのか」という観点から、原子力政策批判を展
開することが不可欠である。原子力発電は火力発電と対等の条件で競争させる
べきであり、介護する必要はない余分の費用と財務リスクをともなう再処理事
業をやりたい業者には、自己責任原則のもとでやって頂けばよい。高速増殖炉
研究開発は中小規模の研究として、他の研究プロジェクトと予算獲得を競わせ
ればよい。

           吉岡 斉(九州大学大学院比較社会文化研究院教授)


政策レビュー「エネルギー政策の暴走をこのまま許してはいけない」
                      大林ミカ(ISEP副所長)

「原子力政策大綱」(案)が発表され、先日パブリックコメントの募集も終了 し
た。9月中旬に開催される第32回の会合を経て、衆院総選挙の混乱の落ち着 く
9月末か10月始めにも、原子力委員会は、原子力政策大綱を取りまとめる予 定
である。

旧名では「原子力の研究、開発及び利用に関する長期計画」(原子力長計)と 呼
ばれていたこの政策・計画は、原子力委員会によって5年ごとに策定されるが、
2001年に原子力委員会が内閣府に属することになったことなどから、今回は計
画から大綱へと「昇格」した形となった。

そして、その昇格した政策は、今後の日本の将来すら左右する「六カ所再処理
工場の運転開始と核燃料サイクルの本格的な事業実施」という、極めて重要な
決断を行おうとしている。

核燃料サイクルについては、六カ所再処理工場の本格操業へつながるアクティ
ブ試験の実施が目前に迫っていることから、「原子力政策大綱」の中においても、
慎重かつ、長い将来を見据えた決断が必要とされていた。しかし、今回の大綱
(案)は、原子力反対派からだけではないさまざまなセクターからの大きな懸
念をまったく顧みない、あいかわらず核燃料サイクルの推進を提案するものと
なった。

六カ所再処理工場では、すでに、ウランを利用した試運転は実施されたが、放
射性物質による汚染の除去作業は、取り返しのつかないレベルではない。しか
し、いったん、再処理工場が使用済み燃料を使ったアクティブ試験に入ってし
まえば、使用済み燃料の破断によって放出されるアルファー線汚染などによっ
て、本格操業に入ったのと同じだけの汚染が決定的となってしまう。

さらにこのままの事態を放置し、本格操業に入った場合には、過酷事故の可能
性などの社会リスクが増大するだけではなく、平常運転からも原発の数百倍に
あたる放射性物質が放出され続けることになる。世界的に見ても停滞する再処
理事業が、出遅れた日本でうまくいくとは思われず、それはやがて大きな国民
的な負担となって日本の経済に重くのしかかる。また、日本のプルトニウム利
用の本格化は、国際社会に安全保障上の大きな脅威をもたらす。潜在的な核開
発国に核開発の上手い口実を与え、さらにはアジアでの地域的核開発競争を加
速することになる。

エネルギーについてまったく全体的な討議がなされていないにもかかわらず、
原子力を地球温暖化防止のため、また、エネルギー安全保障の観点から、将来
にわたって電力生産の中で30〜40%を担う現状を保つ、とも大綱案にはある。
日本において、実質的な地球温暖化対策がまったく進んでいない大きな原因の
一つに、原子力にあまりに大きな比重が置かれ、資金的にも政策的にも、自然
エネルギーや省エネルギーを中心とした政策が本気で推進されてこなかった、
ということがある。2001年に「エネルギー政策基本法」が国会で成立したとき、
わたしたち「自然エネルギー促進法」推進ネットワークの推する「自然エネル
ギー促進法」の推進と裏舞台で大きな議論となり、原発推進の議員達が大きく
妨害したことは、わたしにとってはまだ新しい記憶である。

今回の大綱案をそのまま通し、核燃料サイクルの推進や、これ以上の実質的な
地球温暖化防止策の遅れを許してはならない。他でも触れられているが、9月4
日に、福島県が主催するシンポジウムでは、大綱案の柱となる日本の核燃料サ
イクル政策に対する、「核燃料サイクル国際評価パネル」(ISEP事務局)の批判
的検討が報告される(お知らせ欄参照)。ぜひともご参加いただき、日本の将来
のエネルギー政策の議論の現場に立ち会っていただきたく思う。

                      大林ミカ(ISEP副所長)


資料「核燃料サイクルについて」
                           福島県提出意見

核燃料サイクルについては、今後の原子力発電に対し大きな影響を与えるにも
かかわらず、いまだ十分な議論がなされていない。
 再処理及び直接処分それぞれがもつ長所、短所を客観的に明らかにするとと
もに、国民的議論を経て、今後のあり方を決めるべきである。
【理由】
○ 策定会議委員の多くが業界代表者など再処理推進論者で占められており、
適切な議論がなされるのかとの疑念が報道されていたが、残念ながら的中して
しまった。
○ 複数のシナリオに基づく検討が7月末に始まったが、4ヶ月もたたずに再
処理路線継続の結論が出されてしまった。
○ 核燃料サイクル政策は、今後の原子力発電に対し、その存在そのものに大
きな影響を与えるものであり、慎重かつ十分な議論が行われるべきである。
  マイナス面を十分説明しないまま再処理路線を強引に進めることは、原子
力発電に対する国民の不信を一層深めるものである。
○ 核燃料サイクル政策について10項目の視点で複数のシナリオが比較評価
されたが、その結果は、再処理は直接処分に比べて経済性以外で劣る点はなく、
また、政策変更費用を考慮すれば、経済性でも勝る可能性があるというもので
あった。これほど圧倒的に再処理が有利ならば、日本でも世界でも激しい議論
が行われてこなかったはずである。今回の評価は、再処理が有利となる面ばか
りが強調されているのではないかとの疑問を持たざるを得ない。
  再処理と直接処分の長所と短所の比較をもっとわかりやすく丁寧に行うべ
きである。
○ このたびの原子力政策大綱案については、次のように多くの疑問点がある
ことから、多数決的な決め方をするのではなく、策定会議の委員の主張が異な
っている点を丁寧に拾い上げ、国民にわかりやすく提示するとともに国民的議
論を経て、今後のあり方を決めるべきである。

1−1 安全性
「安全性」について、「再処理する場合には放射性廃棄物を環境に放出する施設
の数が多くなるが、それぞれが安全基準を満足する限り、(略)シナリオ間に有
意な差は生じない。」としているが、これは事故がないことを前提にしたもので
はないか。
 事故を考えた場合、使用済燃料に閉じ込められている放射性物質を溶解する
再処理と使用済燃料をそのまま処分する直接処分とが安全性において同等程度
とは言えないのではないか。

1−2 エネルギー安定供給性
安全性が確保されることを前提にしているが、欧米では再処理施設の事故やト
ラブルが数多く報告されており、事故は起きうるものであるという前提に立っ
た場合、ほとんど唯一と言ってよい再処理施設に依存する再処理政策に問題は
ないのか。事故やトラブルにより使用済燃料の受入れが中止されたり、稼働率
の低下により単位あたりのコストが著しく増大することも考えられるのではな
いか。
 また、ウランの備蓄やテイルウラン濃度の低減など他の選択肢の検討が十分
になされていないのではないか。

1−3 経済性について
直接処分のコスト計算が行われ、核燃料サイクルコストについて再処理が直接
処分より1.5倍から1.8倍高いとの結果が出された。しかしながら、政策変更
コストとして、政策変更→使用済燃料搬送中止と既搬入分の返送→原子力発電
所の停止、というケースを想定して計算をし、これを考慮すれば経済性でも再
処理が劣らない可能性があるとしている。このような極端なケースを想定して
既存政策継続の論拠とすることは、妥当なのか。
 また、巨額の投資をする前に十分検討すべきであったのに、直接処分等多様
な選択肢について検討を怠ってきた責任をどのように考えているのか。
 さらに、これまでの投資を無駄にできないとして、再処理政策に固執するこ
とは、将来を見誤ることにならないのか。

1−4 高速増殖炉の実現可能性について
 「エネルギー安定供給」及び「環境適合性」では、「高速増殖炉サイクルが実
用化すれば」全量再処理の優位性が一層高まるとされている。
 高速増殖炉については40年近くにわたって約1.7兆円もの巨額の研究開発費
を投じてきたにもかかわらず、実用化の前段階である実証炉についてさえ、依
然として目途が立っておらず、その実現可能性については、疑問がある。高速
増殖炉サイクルがなければ、1から2割程度のウランの節約に対し膨大な投資
を行ったことになり、再処理の意義は大きく揺らぐ。
 今回の大綱案では核燃料サイクル開発機構が行っている「実用化戦略調査研
究」の成果を評価してとしているが、核燃料サイクル政策を前提としている核
燃料サイクル開発機構が実施した調査をもとに、やはり核燃料サイクル政策を
推進している原子力委員会が評価するのでは適正な評価は期待できないのでは
ないか。第三者による事業評価を行うべきではないか。
 また、平成6年に策定された原子力長期計画においては、「2030年ごろまで
に実用化」とあったのが、今回の案では「2050年頃から商業ベースでの導入を
目指す」とされたが、その理由が十分に説明されていないのではないか。

1−5 核不拡散性について
既にわが国は40トンものプルトニウムを保有し、その処理の目途もたっていな
いのに、なぜ新たなプルトニウムを生む再処理施設を急いで稼動させるのか。
 「事業者にプルトニウム利用計画の公表を求めるので、利用目的のないプル
トニウムが分離されることはない」としているが、国として定量的な処理見通
しを示すべきではないか。

1−6 環境適合性について
資源の回収といっても使用済燃料のうちごく一部の放射性物質しか利用される
に過ぎなく、また、軽水炉でのプルトニウムのリサイクルは2から3回が限度
とされてい
る。
また、全量再処理では、使用済MOX燃料が繰り返し再処理、再利用されると
いう仮定がとられており、使用済MOX燃料の環境に対する影響は考慮されて
いない。使用済MOX燃料は、現実的にはいずれ直接処分される可能性が高い
と考えられる。
 これらの点を考慮すれば再処理のほうが環境適合性があるとは言えないので
はないか。

                                福島県

3.ジャーナリストより

「日本を劣化させる政・官・業と学界、マスコミ〜
             〜アメリカ牛肉の輸入再開問題を例に」
                         岡田幹治(ライター)

 日本を悪くしているのは、政・官・業に学界、マスコミを加えた5者のもた
れあい構造だ、とよく言われる。アメリカ牛肉の輸入再開問題を追いながら、
それを実感する日々である。
 アメリカでBSE(牛海綿状脳症、狂牛病)の牛が見つかった2003年末
以来ストップしているアメリカ牛肉の輸入を、再開してよいかどうか。この答
えは、日米のBSE対策を比較すれば、自ずから明らかになる。
 日本は、(1)全頭検査、(2)すべての食用牛からの危険部位(脳、脊髄など4部
位)の除去、(3)肉骨粉の製造・飼料としての使用の全面禁止、(4)トレーサビリ
ティー(生産履歴管理)という、現在考え得る最も厳しい対策を実施して、「B
SE汚染のない国」を目指している。
 これに対してアメリカは、(1)全食用牛の1%程度の抜き取り検査をしている
だけで、(2)4危険部位の除去も30カ月以上の牛についてしか実施していない。
日米で雲泥の差があるのは(3)の飼料規制だ。アメリカでは、危険部位を含む肉
骨粉の製造が許され、牛に与えることこそ禁止されているが、鶏や豚の餌には
使ってよい。しかも、その餌を食べた鶏の糞や、牛の血液・牛脂まで牛に与え
てよいことになっている。これでは、BSEの病原体である「異常プリオンタ
ンパク質」がいつ牛の口に入ってもおかしくない。(4)のトレーサビリティーは
実施していない。
 まともに考えればとても輸入できないアメリカ牛肉に、どうやって輸入の道
を開くか。日米の官僚が考えだしたのが、「20ヶ月以下の牛」の「危険部位を
除去した」という2条件つきの肉と内臓に限れば、安全性を装えるという悪(?)
知恵だった。それには、食品安全委員会によるお墨付きが欠かせない。
 そこで考えられたのが、食品安全委(寺田雅昭委員長)を舞台にした田舎芝
居だ。まず、輸入再開とは無関係の国内問題として、病原体の蓄積が少ない20
カ月以下の牛では検査をしても感染を発見するのは難しい、との答申をプリオ
ン専門調査会(食品安全委の下部組織、座長・吉川泰弘東大大学院教授)に出
してもらう。そして、国内での検査を21ヶ月以上に変更したうえで(実際は各
県が20ヶ月以下も検査するので、全頭検査は維持される)、「2条件つきのアメ
リカ牛肉と国産牛肉の安全性リスクは同等か」諮問したのだ。
 両国牛肉のリスク比較を諮問する前に、日米の局長級協議は昨年10月、2条
件つきでの輸入再開に基本合意しているのだから、田舎芝居の思惑は見え見え。
「関係官庁から独立した食の番人」という触れ込みで設立された食品安全委も
馬鹿にされたものだ。
 諮問後も、アメリカからは危ない情報が次々に伝えられる。その最たるもの
は、2例目の感染牛がアメリカ生まれだったこと(03年の1例目は、カナダ生
まれだった)。これでアメリカ農務省のいう「アメリカはBSEの清浄国」とい
う主張はあえなく崩れてしまった。
 そうした状況のもとでプリオン調査会の審議が進み、9月中には答申のたた
き台が示される、というところまできたのだが、これまでを振り返って政・官・
業と学界、マスコミの果たした役割を検証してみると、以下のようになるだろ
う。
 田舎芝居の脚本を書き、演出してきたのは官僚だ。農林水産、厚生労働両省
に外務省、さらには食品安全委の事務局も加わっての合作かと推定される。
 芝居づくりの陰の指示者は政治家、なかでも小泉純一郎首相だろう。日米同
盟の信奉者で、「ブッシュのペット」といわれる首相は、昨年9月の首脳会談で、
牛肉輸出再開にかけるブッシュ大統領のただならぬ気迫を感じたようだ。帰国
後間もない内閣改造で、当時、自民党の食品産業振興議員連盟会長をしていた
島村宜伸氏を農水相に起用する。その直前、アメリカ牛肉の輸入再開を求める
業界の陳情を首相に取り次いだ人物だ(島村氏は今年8月、衆院解散に反対し
て罷免されている)。
 業界はこのように政界に働きかけるだけではない。今年9月、朝日、読売、
日経などの有力紙に一面広告を出し、アメリカ牛肉の安全性を訴えた。「BSE
の『ホント』を知ることが大切です」という大見出しが踊る広告は、「ホント」
とはほど遠い内容だった。さらに、唐木英明・東大名誉教授を講師にした昼食
つき懇談会を開くなどして、マスコミ対策も怠りない。唐木教授は「BSEの
安全対策は危険部位の除去で十分。全頭検査は不必要」という妄説を説きまわ
っている代表的な業界寄りの学者だ。
 御用学者とおぼしき学者は、食品安全委でもプリオン調査会でも主要な地位
を占めている。この役者たちが脚本通りの演技をしたから、多少のギクシャク
はありながらも、田舎芝居がここまで進んできたのだ。
 田舎芝居の本質を見極めず、不正確な記事を垂れ流してきたのが多くのマス
コミである。日米で基本合意している以上、最終的には輸入が再開されるに決
まっているとの予断のもとに、あらゆる出来事を最終決着への一こまと位置づ
ける記事ばかりが目に付いた。
 このような5者のもたれあいの中で、アメリカ牛肉の輸入再開を止めるには
どうしたらよいか。人為がつくり出したBSEという恐ろしい病気をこれ以上
外国から持ち込むのはやめ、食の安全を守りたいと、まっとうな市民や研究者
が声をさらに強めることだろう。そして、プリオン調査会の専門委員たちには、
立場の重要さを改めて自覚し、科学者の良心に基づく結論を出してほしいと要
望する。正確な情報の提供によってそうした動きを少しでも後押しできれば、
と私は考えている。

                         岡田幹治(ライター)


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4.上海からの風の便り(1)

   木村寿香 (Imperial College, University of London・上海交通大学)

中国のエネルギーといえば、急増する石油輸入と積極的な海洋資源の開発(尖
閣諸島、東シナ海など)に伴う外交問題の側面に焦点が当てられることが多く、
その自然エネルギー政策については日本ではあまり注目されていません。

しかし、世界第二位の二酸化炭素の排出国の13億の人々が石炭か、石油か、原
子力か、それとも自然エネルギーを選ぶのかというエネルギーの選択は、もは
や中国だけの問題ではありません。中国の自然エネルギーについては、早くか
ら国際社会のなかで認識されてきました。1992年の「環境と開発に関する国連
会議(地球サミット)」で採択された「21世紀に向けた人類の行動計画(アジ
ェンダ21)」に基づいて中国は「中国アジェンダ21」を制定し、優先プロジェ
クトとして太陽エネルギー、風力エネルギー、バイオマスエネルギーの開発と
利用を推進してきました。地球温暖化防止京都会議が開催された1992年から中
国が条約を批准する2002年までの間には、中国に対して国際機関は様々な支援
を提供しました。そのなかで、世界銀行と中国政府の共同研究では「長期的に
温室効果ガスを削減する唯一の持続可能な選択肢は、非化石エネルギー技術で
ある」という結論に至りました。それを受けて、中国は自然エネルギー開発と
利用に意欲的に取り組み、さらに将来に向けて野心的な目標を掲げています。
2004年6月にドイツで開催されたInternational Conference for Renewable
Energies(Renewables 2004)では、自然エネルギー電力を2010年までに総発電
容量の10%、2020年までにさらに倍増させると表明しました。Renewables 2004
のInternational Action Planで公約した「自然エネルギー法」についても、
2005年2月末、第10期全国人民代表大会常務委員会大14回会議で全会一致で
可決され、2006年1月1日から施行されることとなりました。より具体的な内
容としては連載第2回で取り上げますが、「自然エネルギー法」は自然エネルギ
ーを積極活用していくことを明確にしたもので、エネルギー資源の調査、開発
計画、技術的支援、応用、価格管理などを規定しています。従来の規制を中心
としたトップダウンのアプローチと異なり、政府は買取保証と技術基準の設定
と監査に徹し、マーケットメカニズムを整えることで、自然エネルギーを利用
した電力、熱、ガス、液体燃料の生産を促進するものです。さらに中国政府は、
Renewables 2004フォローアップ会議として、きたる11月にBeijing
International Renewable Energy Conference 2005を開催する予定にしており、
国際社会においても積極的にプレゼンスを高めています。
参考http://www.birec2005.cn

 この連載では、隔月で6回にわたってダイナミックな中国の自然エネルギー
政策について、特に風力に重点をおいてご紹介します。まず前半の3回では中
国の直面するエネルギー問題とそれに対する政策の概況を説明したうえで「誰
のための自然エネルギーか」を考えたいと思います。そして、後半では上海の
グリーン電力プログラムなどユニークな地方政府の取り組みをケーススタディ
として取り上げ、自然エネルギーを取り巻く人々の現場の声を紹介したいと思
います。アジア最大のエネルギー大国がどこへ向かおうとしているのかを考察
することにより、日本および東アジアにおける自然エネルギー政策を考えるヒ
ントになれば幸いです。

 木村寿香 (Imperial College, University of London・上海交通大学)


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5.「お笑い原子力ムラ敦賀」(6)

  日野行介(毎日新聞大阪社会部記者、今年3月まで福井支局敦賀駐在記者)

 今回も原子力の「隠ぺい体質」の話を続けたい。昨年8月9日に起きた関西
電力美浜原発3号機事故から既に1年が過ぎた。まずは改めて犠牲となられた
5人のご冥福を祈りたい。
 事故後に関電が取った報道対応はあまりに異常だった。事故の起きたタービ
ン建屋には、経産省の幹部や国会議員、地元の県知事や県議、美浜町長や町議
らが「視察」と称して次々と中に入り、出てきては「これは人災だ」、「まずは
事実解明を」などと無意味な発言を繰り返した。そんな政治的なパフォーマン
スのためには立入を認めたにも関わらず、報道の立ち入りは一切シャットアウ
トだった。現場の状況を映したビデオテープや写真の提供すら事故の3日後だ
った。国民や消費者の関心や不安への配慮など後回しで、政治家や官僚こそが
自分たちを守ってくれると信じているのだろう。
 結局、報道陣が初めて事故現場に入ったのは事故から1ケ月近く経った昨年
9月7日。毎日新聞社からは私とカメラマンの2人が入った。この時の関電の
対応もやはり異常と言うほかなかった。
 通常、原発サイト内に入る際、所々にあるIAEAの監視カメラが入ったボ
ックスと、テロ対策のため格納容器の出入り口のハッチ、それから警備風景は
撮影しないようクギを刺される。プルトニウム防護やテロ対策がその理由だ。
それは理解できるし、そもそもテロ対策の取材ではないので、あえて破ったこ
とはない。
 しかし、この時の関電の事前指示は「ここで取って良いと指示を出しますの
で、その場所以外は取らないでください」と言うもの。さらに「皆様(報道陣)
との信頼関係で立ち入りを認めるのですから、破れば次に入るのは難しくなり
ます」と脅した。事故を起こした関電から「信頼関係」などという言葉が出て
くるとは。まさしく噴飯ものと言うほかない。
 認められた立ち入り時間はわずか30分。しかも夕刊の締切間際の午前中に
設定する巧妙さだった。だがタービン建屋内に入った報道陣は当然のことなが
ら、関電社員の監視を無視するかのようにあちこちの撮影を始めた。そして3
0分が過ぎ、タービン建屋から出ると、私は出入り口の右側に小さい付属の建
物があることに気が付いた。それは事故直後にタービン建屋から救出した犠牲
者や負傷者を運び入れた作業員用の休憩室だった。中に入ると、壁際には大き
なホワイトボードがあり、中に入っていた作業員の人数、負傷者の様子、時系
列で示した事故の模様などが書き込まれており、事故の痕跡を残していた。私
が夢中になってホワイトボードの写真を撮っていると、関電職員が慌てた様子
で近づいて来て、「何勝手なことしているんだ。写真を撮るな!約束を守れ!」
と怒鳴った。私も逆上し、「このホワイトボードのどこがプルトニウム防護に関
係するんだ!都合よく公開のルールを変えるな!」と怒鳴り返した。関電の職
員からまともな反論は返って来なかった。
 度重なるトラブルと相次ぐ隠ぺいの発覚によって原発への国民の視線は次第
に厳しくなり、トラブルの隠ぺいは減ったとも言われる。だが、それは表面上
のことだ。テロ対策を名目にむしろ隠ぺい体質は強まっていると見た方が良い。
今年6月、弊社の報道によって三菱電機の保有する原発の2次冷却系のメンテ
ナンスについてのデータがネット上に流出したことが発覚した。これに対して
保安院や地元自治体は情報管理を徹底するよう指示するだけだった。だが本当
の問題は違うところにある。プルトニウム防護やテロ対策を理由にどこまでが
秘密にすべき情報なのかを精査する必要がある。テロ対策を万能薬のように都
合よく使い、何でも隠せる仕組みを作らせてはいけない。


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