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1.「自然エネルギー2004」の終わりと「自然エネルギー政治」の始まり
 (飯田哲也、ISEP所長)

4日間にわたる自然エネルギー2004は、トリティン環境大臣の「自然エネルギー
の時代」の開幕宣言で始まり、ウィチョレクツォイル経済協力開発大臣(女性)
の「エネルギー問題が今世紀における国際政治アジェンダの中心になった」とい
う閉幕スピーチで締めくくられた。この2人の息のあったコラボレーションは、
自然エネルギー2004を「成功」と呼ぶならば、最大の成功要因であった。ドイツ
でも環境省は政治力が弱いため、経済協力開発省が加わったことで、ドイツ国内
におけるこの会議の政治的な重みを増したことに加えて、ウィチョレクツォイル
は「シュレーダー首相の門番」と呼ばれる政治的な位置にあるからだ。

彼女の閉幕スピーチは、政治的な美辞というよりも、この会議の成果を的確に要
約したものとなっている。まず彼女は、持続可能なエネルギー未来を建設してい
く強い政治意思というメッセージを全世界に送ったことを最初の成果として挙げ
た。そのメッセージに含まれる「ビジョン」は、単なる夢ではなく、政治的な意
思があれば実現できるというのだ。

わずか10年前には、専門家やエンジニア、金融関係者などで占められ、ほとんど
女性を見ることはなかったエネルギー問題が、この会議をとおして、今世紀にお
ける国際政治アジェンダの中心となり、女性を筆頭に多様な当事者が参加するよ
うになったことを強調する。自然エネルギーは、エネルギーへのアクセスを向上
させ、気候変動のリスクを回避させ、地域の雇用と経済開発をもたらし、地域資
源の活用によって経済負担を軽減し、そして「太陽をめぐる戦い」はなく平和を
もたらすことから、持続可能な発展に貢献する中心的な役割を果たすとしてい
る。

また、自然エネルギー2004の成果の一つである「国際行動プログラム」は、さま
ざまな主体による自主的・自発的な取り組みとはいえ、「コミットメント」であ
り、今後のフォローアップによって大きな成果が期待されている。たとえば今後
5年間にわたり自然エネルギーとエネルギー効率化への投融資を毎年20%拡大
していくという世銀のコミットメントは特筆されていた。それにひきかえ、日本
政府は既存の新エネルギー利用特措法の内容を書き込んだだけであり、ほとんど
無視されていた。

この先、この会議のフォローアップは、2つのトラックで行われる。第1トラッ
クは、ヨハネスブルグサミットで約束されていた2006/07のCSD(国連持続可能開
発委員会)であり、それまでの中間年にフォローアップ会議を途上国で開催する
ことが期待されている。第2トラックは、「世界政策ネットワーク」と呼ばれる
もので、まだ骨格も決まっていないが、事実上、マルチステークホルダーを継承
するものと見て良い。

最後に、ウィチョレクツォイル大臣は、ドイツ政府の新しい貢献を表明して、拍
手で迎えられた。ヨハネスブルグサミットの場でドイツ政府は、5年間にわたっ
て10億ユーロ(約1400億円)もの投融資を主に途上国の自然エネルギー開発に投
じることを表明しているが、今回、さらに5億ユーロを追加して、KfV銀行グ
ループとの協調によって自然エネルギー市場の立ち上げを加速するとしている。
じつは日本代表団も、研究開発費に単年度で1200億円を費やし、途上国への省エ
ネルギー技術援助に毎年100億円規模の援助をしていることを最終セッションで
述べたのだが、それほどの注目を集めたとは言えない。ドイツと異なり、見るべ
き成果に乏しいからであろう。

それにしても、自然エネルギー2004を振り返ると、主要なトピックスは、ここ数
年にわたって日本の市民セクターがリードしてきた論点がほとんど網羅されてい
て感慨深い。たとえば、6年前にドイツ型の「自然エネルギー固定価格買い取り
制」(FIT)をベースに、市民立法を目指した「自然エネルギー促進法」は、日
本でも国会を巻き込んだ政治トピックスに発展したが、こうした政策措置が自然
エネルギー2004の「影の主題」(すなわち、FITかRPSかの議論)となる政治ト
ピックスにまで展開するとは、正直なところ、当時は思いもよらなかった。グ
リーン電力も、国際行動プログラムやサイドイベントで、様々な形で見え隠れし
ていた。

ヨハネスブルグサミットで最大の焦点となった「数値目標」は、ドイツ(先に
2020年に電力の20%を表明)や英国(1月に2015年に電力の15%を表明)、欧州連
合(2020年に1次エネルギーの20%水準の目標を2007年に決定予定)、そして中
国(2010年に電力設備の10%)などに見られたように、今回も間違いなく主要な
ポイントだったが、ヨハネス当時よりは、相対的に重みが小さくなったように思
われる。それは、自然エネルギーという性格上、世界全体の数値目標を定めると
いうヨハネスブルグサミットでのトップダウンアプローチにやはり無理があった
ことに加えて、国際行動プログラムなどの自主的なコミットメントやファイナン
スの新しいオプション、そして適切な政策措置などにも、重心が移っていったた
めであろう。

UNEPが主催し、主要な関連イベントとして併設された「自然エネルギーへのファ
イナンス」は、世銀やIFC、あるいはJBICなどによる途上国向けの従来型のエネ
ルギー開発資金の流れを変えるという政治課題よりも、むしろ、リスクが大きく
投資利回りの小さい自然エネルギー開発に対して、従来とは異なる革新的なファ
イナンスオプションを探ることに主眼があった。その意味で、村上報告にあるよ
うに、開発金融NGOやスマート補助金など、あらためて新しい領域の広がりを認
識させてくれた。

初めての試みであった世界国会議員フォーラムは、日本から4名の国会議員と1
名の県会議員が参加し、とくに河野太郎議員のスピーチは注目を集めた。また、
そこで取りまとめられた提言も、なかなか評判が高かった。しかしながら、自然
エネルギー2004の本会議全体のプロセスや「成果」に、大きな貢献をするように
は必ずしも位置づけられていない。また、「地方自治体による自然エネルギー
2004」も、もう少し大きな役割を期待していたのだが、予想外に小さな規模とな
り、しかも主催が異なっていたせいか、やはり本会議の「成果」に十分反映され
る会議デザインではなかったことは、少々残念であった。

自然エネルギー2004は、英国主導で昨年10月に立ち上がったREEEP(自然エネル
ギー・エネルギー効率化パートナーシップ)や、欧州委員会が事務局を務めてい
るもののまだ実態の見えないJREC(ヨハネスブルグ自然エネルギー連合)に比べ
ると、154カ国が「ボン宣言」を採択し、国連プロセス(CSD)に戻していく道筋を
つけるなど、ひとまずは「成功」といえるのではないか。

しかも、事実上ドイツ一国で成し遂げたのであり、長谷川報告が指摘するとお
り、21世紀の国際社会、とりわけ南の国々に対して、ドイツは強烈なプレゼンス
を示したといえよう。今回のドイツの果たした、国連の枠組みを外れながら国連
のプロセスを強化するような役回りを、いったい日本が担うことは可能だろう
か。政府や政治家の力量の差は言うに及ばず、自然エネルギー産業の広がりや
ファイナンス会議の顔ぶれ、そして市民社会の分厚さの違いを考えるとき、自然
エネルギー普及量やエネルギー政策の質的な水準だけでなく、とくに知的営為の
水準において、途方もない遅れを痛感してしまうのである。

<< 6月4日(金)本会議プログラム >>
テーマ:【閣僚参加会合(2日目)】

本会議C 閣僚間パネル
 パネル1:エネルギーサービスと今後100年の発展目標(9:00-10:30)
  - 自然エネルギーとエネルギー効率化の役割
 パネル2:気候変動問題解決へ向けた自然エネルギーの役割(10:30-12:00)
本会議D 閉幕 (12:00-13:00)

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2.求められるのは、成果ではなくて行動。自然エネルギー2004
 (大林ミカ、ISEP副所長)

事前の関連イベントも合わせると、約10日間にわたった「自然エネルギー2004」
が6月4日の現地時間午後1時半に終了した。今回は、本会議への代表団の一人と
して参加できたこともあり、COPなどへの参加とは違う形で、国際交渉と会議の
流れを追うことができた。

まだ総論としてまとめきれてはいないが、今回の会議への評価はさまざまある。

途上国のNGOや政府団を中心に、依然として先進国型自然エネルギーファイナン
スに対する厳しい批判は多い。地球温暖化問題への先進国の対応が進まない現状
やWTOでの議論も含めて、先進国が自らの自然エネルギー促進を具体的年限や数
値目標で約束しなかったこと、途上国への先進国の役割が明記されなかったこ
と、また、自然エネルギーを単にビジネスとして捉える見方が主流となることに
よって、今まで行われてきたように、結局は途上国が借金を払う形で先進国企業
の自然エネルギー導入を助ける形になること、などへの批判である。

しかし、同時に、会議の流れや結果を先進国のNGOとして追った目から見ると、
国連主導ではないイニシャティブで行われた今回の会議では、各国の調整は行わ
れるが、交渉も結果もすべての国にとって無難な国連文書的文脈に落ち着くので
はなく、自然エネルギーと省エネルギーを本気で推進しようとするドイツ政府の
イニシャティブが大きく働き、世界は、自然エネルギーを推進するために一歩を
踏み出したのだと評価したい(6.5.付ISEPプレスリリース参照)。それは、決し
て国連主導の取り組みが無駄であるという文脈からではなく、自然エネルギーな
どの個々の取り組みに関しては、それぞれの国の温度差は考慮するとしても、緊
急性を持って強力な具体的行動が必要であるという意味である。これらは、ドイ
ツのNGOの今回の会議への評価からも読みとることができる。

総じて、今回の会議に対するドイツのNGOの評価は肯定的で、その中には、遅々
として進まないCOPでの交渉への批判も大いに含まれている。つまり、COPの交渉
が10年をむかえる中で、7年前の先進国の約束である「京都議定書」は未だ発効
しておらず公約目標を全く達成できそうにない国もあるが、自然エネルギーの促
進に関しては、各国は明らかに実践を優先している。先進国の「問題政府」をさ
ておいて、中国やフィリピンから野心的な自然エネルギー導入の計画が発表され
たこと、ドイツ政府が自然エネルギーへの追加的な予算投入を発表したことなど
への評価であり、自然エネルギーはテロに対する大きな対抗力となるという位置
づけ(シュレーダー首相の会議での演説)も、COPの流れからは出てこないとし
ての評価である。「わずかだったかもしれないが、少なくとも完結した」。これ
らの言葉が、最初のCOPへのNGOの参加を強力に組織したクリマ・フォーラム(気
候フォーラム。COP3時の日本のNGOの連合体である気候フォーラムも彼らの取り
組みから多くを学んでいる)の中心人物だったサッシャ・ミューラー - クレ
ナー氏から語られたことの意味は大きい。

ベルリンのエコ・フェスティバル(今年は20万人が参加)へ参加し、トリティン
環境大臣と直接話しをした際には、会議を世界の肯定的な意志として評価し、わ
たしたちが充分ではないと批判をする日本政府の取り組みに関しても今後の積極
的意志の現れとして評価していた。主催者としては当然の発言という見方もある
だろうが、難しい交渉を切り抜け、当初は初日に限られていたNGOの発言の機会
を会議過程で増やし、常に市民の視点からのエネルギー政策を目指す彼からの言
葉は、単なるとりまとめ役政府担当者としての言葉ではない。

NGOとしては、途上国の懸念も真摯に受け止めなくてはならない。先進国の取り
組みへの批判だけではなく、わたしたち自身が具体的行動を起こすことも十分可
能である。地域発、市民発の自然エネルギーの実践が、自国政府のエネルギー政
策を変えるだけではなく、国を超えた新しい自然エネルギーの推進力を持つこと
を信じたい。国レベルの約束とともに、双方が合わさって初めて持続可能なエネ
ルギー社会の実現が可能となる。

また、今回の会議を機に、国単位ではない自然エネルギー産業界が集う新しい連
合体結成の動きが生まれている。この動きに関しての詳細は今後伝えて行きたい
と思うが、これらの新しい動きは、文書成果だけで語られがちな会議の評価が充
分ではなく、今回の会議は自然エネルギーの現実的な促進の一歩となったことを
示唆している。

ヨハネスから2年たって、やはりわたしたちは歩み続けているのだと、ここで改
めて確認したい。残された時間を考えると、歩みを加速するための大胆な政策が
必要であることはもちろんだが、その大きな一歩は、今踏み出さなくてはいつ踏
み出すことができるのだろうか。そしてそれは、2006年から2007年にかけての
CSDの議論で評価されることになる。7年前の約束である京都議定書の発効も含め
て、ここで行われた約束がきちんと果たされるために、求められているのは、政
府文書という「成果」ではなく具体的行動である。

*最後になったが、政府間交渉会議初参加ながら、このメールマガジンの発行を
支え、サイドイベントの準備をこなし、国会議員の方やその他の方のアテンドな
ども含めて、充分に活動してくれたISEPスタッフの小圷さんと笹川さんに感謝し
たい。また、同じような働きぶりで活動を支えてくれたドイツ在住の近江さんや
逢沢さん、Greenpeaceの仕事をこなしながらもISEPを助けてくれた中島さん、忙
しい中で文章を提供して頂いた大石さん、長谷川さん、村上さん、逢坂さん、す
べての方々に感謝したい。これらの方々の協力は、わたしにとっての今回の会議
の成果であった。

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3.ベルリン環境祭報告(笹川桃代、ISEP研究員)

6月4日にボンで閉幕した「自然エネルギー2004国際会議」から2日後、ベルリン
ではUMWELTFESTIVAL 2004(環境祭2004)が開催された。

環境祭は、ドイツの環境NGO GRUNE LIGA(緑の同盟)が毎年この時期にベルリ
ンのブランデンブルグ門から東に伸びる大通り(ウンターデンリンデン)で開催
するもので、ブランデンブルグ門前の広場に設置された特設ステージと、フリー
ドリヒ通りまでの500メートルのウンターデンリンデンに軒を連ねる様々な環境
NGOの展示場やオーガニックフードの出店などに、例年10万人以上の来場者がに
ぎわう。

9回目を迎える今年の環境祭のテーマは、もちろんボン会議にちなんで「自然エ
ネルギー」。主催者に野外ステージのスピーカーとして大林副所長が招かれた経
緯から、大林と筆者(笹川)はボンからベルリンへと向かった。 

環境祭がどのようなものが想像できていなかった私たちは、現地ではじめて渡さ
れた野外ステージのプログラムを見て驚いた。自然エネルギー2004国際会議の主
催者であり、共同議長であった環境大臣トリティンがゲストスピーカーとしてこ
こにも登場する予定となっていたのだった。つまり、大林はトリティンと肩を並
べる形で講演者としてエントリーされていたということであり、それは非常に日
本のNGOとして誇らしかった(個人的に・・)。

まず、午後1時過ぎからトリティンが登場。緑のポロシャツにジージャン、チノ
パンという非常にラフな姿で、周囲の一般の人と非常に気さくに会話を楽しんで
いる。見る限り、スーツ姿のお付の人々など連れている様子もなく、個人的に自
転車に乗ってやってきたかのような風体だった。そうした中で、大林も自然エネ
ルギー2004国際会議の成果について彼にいくつかの質問をすることができた(詳
細は大林報告を参照)。

当の大林のスピーチは午後4時頃からで、司会者からのインタビュー形式で英独
通訳を介して行われ、日本の市民社会(非政府、非業界)からボン会議に参加し
た唯一の会議代表(Delegate)として質問を受けた(他の日本NGOからの参加者
は、DELEGATEでなくOBSERVERとしての参加者だった)。質問は、主に日本とドイ
ツのエネルギー政策の違いについて。ドイツと日本の違いは、自然エネルギー普
及に対する政府の姿勢であり、その普及方策の違い(固定価格買い取り制とRPS
制度)であるとし、さらに日本では2010年に新エネ供給目標が全電力の1.35%と
いう非常に低いものであると、問題点を指摘した。

環境祭の参加を通じて非常に印象に残ったのは、こうした野外ステージでの個別
の講演云々というよりも、環境祭全体の雰囲気である。日本であれば、「環境マ
ニア」の人しか関心をもたないであろうテーマや展示内容のフェスティバルに、
広範な一般の人が家族連れなどで楽しい週末の過ごし方として気楽に参加してい
る。今年の参加者は約20万人。ベルリン中心にある大通りを通行止めにして、一
NGOがこのような環境に関するお祭りを実施できることと、そこに多数の一般参
加者を集めているという事実が私にとって大きな驚きであり、こうしたところに
ドイツの環境先進国たる部分を垣間見た。

**追伸:
まったくの偶然で、主催である環境NGO「Grune Liga」が本メールマガジンでも
執筆を担当してくれた逢沢澄香さん(京都女子大学元飯田ゼミ生、現在ドイツ留
学中)の現在インターン先であることが判明。彼女が急遽現地スタッフとして非
常に丁寧に様々に骨を折って対応してくれました。大変感謝しています、ありが
とうございました。

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4.会議3日目:閣僚参加会合の主なスピーチについての報告とコメント
 ‐「再生可能エネルギーの時代はもうすでに始まっている」‐
 (大石りら、ISEPドイツ駐在研究員)

Renewables 2004は会議3日目午前のプレナリーより、マルチステークホルダーの
“対話”の場面から、(さまざまな代表の見解についての相違や同意について
は、ここでは立ち入らないがそれらを詳細にまとめあげた文書が会議では配布さ
れたことを示唆しておく。http://www.stakeholderforum.org/ にてダウンロー
ド可能。問い合わせや意見は、renewables2004@stakeholderforum.org)いよい
よ『再生可能エネルギーための政策提言』に関して合意形成をめざす民主主義的
な手続きのための次のプロセスへ移行した。

シュレーダー首相のスピーチをはじめ、大臣クラスの参加国代表者のスピーチが
午前中に次々と行なわれるために、会場ではかなりの緊張感が漂い、マスメディ
ア関係者に対してでさえも、入口付近では厳重なセキュリティ・チェックが行な
われていた。

まず、冒頭挨拶のなかで、ユルゲン・トリティン環境大臣が、Renewables 2004
の『行動計画』が再生エネルギーのグローバルな拡大を目指す約130以上の具体
的なプロジェクトを含んでいることの意義を強調した。(最終日には、その数は
165にまで増加。)そして、世界中150カ国のさまざまな代表者に向かって、「再
生可能エネルギーの時代はもうすでに始まっている」と宣言した。

それに引き続いて、ドイツの二大政党のうちのひとつである保守党CDUの政治家
でコール政権時代(1998まで)には環境大臣を務め,現在はUNEPのエグゼク
ティヴ・ディレクターに就任しているクラウス・テプファー博士は、スピーチの
なかで、“ecological stability pact”の導入を提案した。”ecological
stability pact”の狙いは、再生可能エネルギーの目標値の実現と報告義務に拘
束力を確実に持たせるための協定を各国が取り結ぶことにある。

イギリスの首相トニー・ブレアもまたビデオレターというかたちでボン会議に登
場した。最近のイギリスのエネルギー産業界は、あたかも再生可能エネルギー導
入をめぐってドイツと相争うことを突然決意したかのような急速なキャッチアッ
プを行なっていることがヨーロッパで注目されているが、ブレア首相もまた、気
候変動を阻止するためにも、再生可能エネルギーの発展こそが「長期的には唯一
の、かつ最も重要な課題」(“single most important issue in the long
term”)であると断言した。しかしながら、核保有国の首相が「再生可能エネル
ギーこそが発展途上国にふさわしいエネルギーである」と述べるとき、その言葉
に秘められた二重の意味を感じ取らずにはいられないのは、私だけだろうか。

そのあと、世界銀行のマネージング・ディレクターであるピーター・ヴォイケ
は、世界銀行がグローバルな再生可能エネルギー拡大において重要な役割を果た
すことを力説した。そのスピーチのなかで、これから五年間のあいだに、エネル
ギー効率と再生可能エネルギー促進に結びつくプロジェクトに対する経済支援を
年率20%ずつ増加させることなどが述べられた。この発言に対して、グリーン
ピースやWWFなどの国際的なNGOは反発して、化石燃料エネルギー開発のための資
金提供の即時停止などを求めた。(世界銀行による発展途上国における再生可能
エネルギー拡大のための“取り組み”については、
http://www.worldbank.org/energy/ または、印刷物としては、The World Bank
Group's Energy Program - Poverty Reduction, Sustainability and
Selectivity - 参照。)

欧州委員会の環境政策責任者マルゴット・ヴァルストレームは、2020年までに再
生可能エネルギーのエネルギー消費全体の割合を20%に引き上げることをこの会
議場においても明言した。Renewables 2004が開催される約一週間前に、欧州委
員会はその数値の具体的な実現に向けたEU25の再生可能エネルギー促進プログ
ラムの詳細な内容を遅くとも2005年にまで決議する予定であると発表した。(連
邦環境省プレスリリース152/04 B26.05.2004)また、中国が2010年までに再生可
能エネルギーのエネルギー消費全体の割合10%に引き上げることを明らかにした
ことに対して賛辞を述べた。他のプレナリーにおいても、特にアフリカの政府代
表者から中国政府に対して再生可能エネルギー促進と結びついた対外援助につい
て感謝の言葉が多く述べられたことを付け加えておこう。今週のドイツのマスメ
ディアを多いに賑わせたRenewables 2004報道においても、中国政府代表の参加
と目標数値設定はいたるところで大きく取り上げられ、高く評価された。再生可
能エネルギーのほとんどの分野で世界最高技術を誇る日本政府の正式な代表団の
不在を中国政府の参加が埋め合わせてくれたかたちとなったのである。(点じ会
場における中国の幅広いスタンドは、マスメディア関係者がセキュリティ・
チェックを終えた後に最初に目に入いる良い場所にあった。)

最も注目されたシュレーダー首相のスピーチにおいて、石油価格が高騰している
この時期にRenewables 2004が開催されることの意義が強調された。そして、
“グローバルなエネルギー政策転換”は経済的理由からだけではなく、安全保障
の視座からも必要不可欠であると訴えた。「貧困撲滅や経済発展をのぞむなら
ば、脱=中心的な再生可能エネルギーに投資すべきである」と述べつつ、シュ
レーダー首相は、発展途上国との経済協力の枠組みにおいて、今後五年間にわ
たって五億ユーロを再生可能エネルギー拡大のために、そしてもう五億ユーロを
エネルギー効率の上昇のために投資すると約束して、会場全体を沸かせた。(EU
やドイツ政府の再生可能エネルギー拡大と結びついた発展途上国開発援助、また
は、ドイツと他のEUの国々の壮大な共同プロジェクトについては、ISEPニュース
レターの拙文「ドイツ便り」にて順々に詳しく論じる予定。)

スピーチの最後にシュレーダー首相は、京都議定書を発効させるためには、一刻
も早いロシアの批准が望まれることを国際社会に訴えた。これについては、直前
の専門家会議におけるトリティン大臣やそのほかの専門家らの発言によると、ロ
シアのWTO加盟という条件と結びついた同国の京都議定書の批准は確実視されて
いるということである。

(閣僚参加会合にてなされたこれらのスピーチやその他のスピーチは、
http://www.renewables2004.de/en/programme/3_June.aspからダウンロード可
能。)

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5. ソーラー・ジェネレーションとして(笹川桃代、ISEP研究員)

自然エネルギー2004本会議に対する様々な報告・評価等は他の報告者に譲り
(?)、今回国際会議初参加であった筆者の個人的な感想として印象に残った以
下の2点についてみなさんと共有させていただきたい。

<< 会議レセプションにみる民主性 >>

私がこの会議に参加して非常に驚いたのは、会議開催期間を通じて、会議主催者
の関係者(たとえば、ボン市長、大臣等)によるレセプションの開催方式につい
てである。こうしたレセプションには(一部を除いて)基本的に会議の参加者で
あれば、閣僚級の政府の代表団であろうと、オブザーバーとして参加したNGOや
学生であっても分け隔てなく参加できる。本会議の場においては、代表
(DELEGATE)以外は本会議場一階席に入れないというオブザーバーとの便宜上の
区別はあったが、レセプションにはそういったものがまったくない。

会議も大詰めとなる3日目の夜にライン河を望むホテルで開催されたのは、環境
大臣トリティンによるレセプションである。その日は政治宣言の内容について、
各国代表がそれぞれの思惑でドラフトの内容の問題点や修正を求める回答が続
き、緊張した雰囲気での議論が続いていた。その日の本会議終了時に女性経済交
流大臣はレセプションの開催を以下のように案内した。「今日はたくさんの議論
をしました。会議はまだ明日に続きます。しかし、今夜はレセプションで大いに
語り親睦を深め合い、楽しいひと時を過ごしましょう。費用は全部トリティンが
払ってくれるので、ご心配は要りません」

会場には、トリティン大臣、Wieczorek-Zeul経済交流大臣をはじめとする各国の
大使や政治家をはじめ、ビジネスセクター、NGOや学生などの様々な立場の人が
一同に介し、お互いの親睦を深めることができた(・・これは日本ではありえる
のだろうか??)。こうした公平・民主的な(?)レセプションの運営に私は非
常に感銘を受けた。

<< 自然エネルギーは様々な問題解決のツール >>

「自然エネルギーは ?気候変動問題解決に役立つ、?エネルギーへのアクセス
を持っていない途上国の人々に対して今後それを可能にする唯一の手段である、
?新しい産業と雇用を生み出す、?石油の輸入に依存しない自立したエネルギー
供給手段である、?貧困の削減に役立つ、?(途上国)女性の社会的地位改善に
役立つ、?平和をもたらす(テロリストの対称にならない)・・」等、本会議で
は、このように自然エネルギーの優位性が非常に多面的に捉えられ、それが会場
全体のコンセンサスとなっていた(議論の焦点は、その土台に立った上でもっと
細部にある)。

日本では、自然エネルギーは、「エネルギー供給」の一手段として狭義に捉えら
れ、エネルギー間の技術的比較対象にとなり、自然エネルギーをめぐる議論への
参加者もエネルギー・環境等の非常に狭い業界の人にとどまっている印象を受け
る。一方、世界では、自然エネルギーを様々な問題を解決する手段としてここま
で広いコンセンサスがすでに得られており、これに非常に感銘を受けたと同時に
日本での議論の遅れと狭さを痛感させられるものであった。特に欧州での開催と
いうこともあり、アフリカ各国からの非常に多くの代表団が来場しており、自然
エネルギーが貧困撲滅やジェンダーなどの問題と結び付けられて語られている際
には、会場は「環境」というより「開発」会議の様相を呈している。

自然エネルギーを多面的に見た場合、それに関連するステークホルダーの構成も
非常に幅広いものとなる。日本での自然エネルギー政策に関する議論の参加者は
非常に狭く、いわゆるエネルギー業界内にとどまっている。今後もっと議論を多
分野にわたって喚起していく必要性と有効性を感じた。今後の日本での自然エネ
ルギー普及の戦略として生かしていきたい。

以上、非常に雑駁であるが、全体を通じて印象に残った点2つについて紹介させ
ていただいた。ボン会議を通じての最大の収穫は、日本の常識が世界の非常識で
あり、自然エネルギーをめぐる議論から日本が非常に乗り遅れていることを実感
できた点であったような気がする。ますますソーラー・ジェネレーションとし
て、今後とも鋭意邁進していく決意を新たにさせられるボン会議への参加であっ
た。

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6.エネルギーとお金(村上芽、日本総合研究所)

自然エネルギー2004の中で、私は「持続可能なエネルギー・金融イニシャティ
ブ」会議を中心に、自然エネルギー設備投資に関係の深い諸機関の報告や意見を
聞いたり、意見交換を行ったりした。(私自身は、以前銀行のプロジェクトファ
イナンス部で廃棄物、バイオマス、風力発電に関する業務を担当していたため、
インフラストラクチャーファイナンスをはじめとする一部の議題は非常に馴染み
があった。)会議の内容については「SEEN号外No.3」に譲り、ここでは「エネル
ギーとお金(金融)」について感じていることを一言まとめたい。

金融は、基本的に儲かる事業があればそれについていく、という性質のものだ。
例えば日本の金融機関の海外進出で考えれば、先に銀行の支店ができるのではな
く、通常はやはり日系の企業の進出があることが金融機関の進出のきっかけにな
る。また、特に融資業務は、預金などで集めた資金を元に行われるものであるた
め、事業収入の変動リスクが大きいことは容認されにくいため、リスクの小さ
い、言い換えれば儲かりそうな事業にお金を貸すことになる。(このため、銀行
は日が照ると傘を差し出すなどといわれるのだろう。)こう考えると、自然エネ
ルギー事業が儲かることが認識されればお金はほぼ自動的に生み出されると考え
てもよい。

しかし、「エネルギーとお金」という2つのものについて考えてみると、ただ手
に入るか・入らないか、儲かるか・儲からないか、ということではなく「どんな
エネルギーなのか」「どんなお金なのか」ということが、急速に注目されはじめ
ている。どちらも、これまでは?誰にとっても必要で、?使い手にとっては色が
なく、?たくさん使うことが豊かさの象徴的だった、という共通の性質があった
のではないだろうか。しかし、量的制約、質に対する意識、効率的利用に関する
意識が高まってきており、「環境」は1つの重要な切り口であるが、それを含め
て大きな価値観の変化の中心部分にあるように思う。

会議に参加したベンチャー投資機関のある報告者の、「トラディショナルな機関
では自然エネルギーはリスク・リターンの観点から扱いにくい。しかし、オルタ
ナティブな機関やファンドマネジャーが出現しつつあり、自分もそのひとりであ
る」という言葉が印象に残った。このような機関や、開発金融NPOと呼べるよう
な機関の登場は、「自然エネルギーが儲かる(リスク・リターンがバランスす
る)事業になってほしい」という大多数の金融機関の「普通の」意見に加え、儲
かる事業の単なる後追いではない金融機関からの「エネルギーとお金」を切り口
にした世界へのメッセージであり、今後一層注目されるところだと感じた。(も
ちろん、繰り返しだが自然エネルギーを「儲かる」事業にするという社会的な合
意が極めて重要なのであるが。)

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7. エネルギー、環境、持続可能な発展を巡る問題意識の共有へ向けて
 (小圷一久、ISEP研究員)

ドイツ、ボンで開かれた自然エネルギー2004が6月4日で閉幕した。154カ国から
3,000人を超える参加者があり、自然エネルギーというトピックに関して様々な
議論が展開され、それにまつわる多数のイベントが開かれた。

国際会議という場に身を置く時、いつも感じることの1つは、その議論される
テーマおける緊張感の共有である。本会議場を中心として、その回りで同時並行
的に開催されるサイドイベントと呼ばれるNGOや国際機関によるシンポジウムな
どに参加するうちに、日本国内における問題のとらえられ方と異なる点に気づく
ようになる。これがいわゆる国際的な流れと日本との「温度差」の違いになるの
だろうが、なぜこのような温度差が生まれるのか、それを考えるヒントとなった
2つの事例を紹介したい。

今回の会議期間中、ISEPは2つのサイドイベントを開催した。1つは会議初日、
ISEPが主催者となってドイツと韓国から、各国の議員や副市長、自然エネルギー
事業者等を招いて3カ国間の政策対話を行った(号外2号の飯田報告を参照)。そ
して、2日目にはアメリカ、ドイツ、インドの政策研究NGOと共催で、これも国際
間の政策議論を通して、自然エネルギー政策の成功事例や課題の報告がされた
(号外3号の小圷報告を参照)。この2日目のサイドイベントにおける質疑応答の
中で、インドの若い青年が教育問題に関して以下の質問をした。「今回の会議に
出席して、自然エネルギーの促進はこれからの途上国の発展や貧困問題の解決と
なりうることが分かった。しかし、問題は自然エネルギーと持続可能な発展に関
する教育プログラムが自分の国にあまりにも少ないことである。まわりの仲間は
エネルギーと環境や発展についての意識が低い。これまでの教育システムを再考
する必要があるのではないか。」

米国で環境エネルギー政策を学んだ筆者にとって、この発言には大いに納得でき
る。自然エネルギー2004で扱われるテーマを本質的に理解するにはエネルギーを
巡る、広くかつ深い知識を必要とする。それはもはや、エネルギーという物理学
的な側面を超え、地球温暖化問題という地球環境問題と、京都議定書を巡って繰
り広げられる国際政治の問題や途上国の貧困問題の解決と持続可能な発展という
国際開発問題、またエネルギーを実際に使う場面で見られる男女の格差(ジェン
ダー)問題解決としての自然エネルギーの意義、そして自立的な自然エネルギー
市場を作り上げるために必要な金融ファイナンス制度確立へ向けた取組みなど、
これまで、個別の課目(物理、政治、経済、開発、女性問題、経営)で教えられ
てきた「点」を結びつける作業が必要になるからである。欧州や米国など途上国
の開発問題や国際政治、政策論議にコミットしてきた国々と比べて、日本では、
それぞれの「点」を「線」として結びながら考える機会が社会全般や教育システ
ムに制度的に位置づけられていないと感じる。今回の会議の主催国ドイツのト
リッテン環境大臣や閣僚の話を聞いていると、自然エネルギーを巡る議論は既に
「線」から「面」へと移行し、政治・政策・経済・国際協力の全ての面で全面的
に自然エネルギーを中心とした持続可能な発展へと舵を切っている。ここに、日
本の政府レベルとは異なる問題意識の差がある。

もう1点、印象に残った事例を挙げたい。会議2日目のISEP共催サイドイベント
終了後、パネリストの1人である、エリック・マルティノット氏(元Global
Environmental Facilities、世界銀行、自然エネルギープログラムマネー
ジャー)と立ち話をした時だった。彼は途上国における自然エネルギー促進政策
に関する最近の論文の中で、補助金の賢い利用を通じた自立的な自然エネルギー
市場確立の必要性を主張している。彼の専門分野は途上国であり、その個別事例
も途上国における自然エネルギー政策であるが、基本的な考え方やアプローチの
仕方はこれからの日本の自然エネルギー政策に当てはまるし、県など地方自治体
のレベルでは、おそらく共有できる政策モデルや知識も多いのではないかと話す
と、大いに共感してくれた。自然エネルギー政策は地域ごとの背景や選ぶエネル
ギーの性質によって政策の選択や評価が異なる。これを具体的事例に則して適切
に政策評価を行い、その経験や知見を広く国際的に共有することはとても意義の
あることであろう。おそらく、前述の問題意識もこのような政策事例や経験の積
み重ねを通して、地域レベルの共有から一気に国際的な自治体や地方や国会の議
員の連携へと積み上がってこそ問題意識の共有へとつながっていくと考える。こ
の点で、今回の会議で初の試みとして試された「自治体会議」や「議員フォーラ
ム」は、これからも様々な国際会議に応用されるべきものとして注目したい。

総じて、駆け足で(時には全速力で)駆け抜けた会議期間であった。また、多く
のすばらしい出会いがあった。感動的なスピーチもあった。朝から晩まで休まる
時はなかったけれど、これだけ密度の濃い時間を過ごせるのも国際会議の醍醐味
である。今回の会議ではサイドイベントの事務方として、号外のニュースレター
の現地編集担当として働かせて頂いた。朝7時の会議から始まり、その日の午前
中には原稿を集約するという過酷なスケジュールの中、飯田所長、大林副所長、
笹川研究員には不可能とも思える注文にも応えて頂いた。その他、現地でのレ
ポートや日本総合研究所から出席をされた村上さんにも最後の最期まで寄稿を頂
いた。環境社会学者の長谷川先生には時流にあった鋭い寄稿を連載頂くことにな
り、ニュースレターに深みと幅が広がった。北海道ニセコ市長の逢坂さんにも特
別寄稿を頂いた。あの、雨に濡れたボンの夜の祝宴はドイツでの忘れられない思
い出である。日本から送った荷物が予定通り届かないというハプニングもあっ
た。その際は、何度となく会議主催者事務局へと足を運び様々な点でお世話に
なった。特に、サイドイベント担当のSusan Tschurschさんには感謝の気持ちで
いっぱいである。その他にも数多くの方々のご協力があって、ISEPのサイドイベ
ントを成功裏に終えることができたし、このニュースレターの発行も当然その例
に漏れない。ドイツ現地で協力を頂いた、近江さん、逢沢さん、大石さんには改
めてお疲れ様でしたということを伝えたい。また、日本現地での編集取りまとめ
と配信を(ドイツ時間にあわせて)行ってくれたISEP菊池編集長にもたいへんお
世話になった。改めて、お礼を申し上げたい。

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8.<<特別寄稿>>幕が閉じて -「太陽へのアクセスをめぐる争いはない」
 (長谷川公一、社会学者) 

会議の成果をどう評価するかは一般に難しい。言うまでもなく、その後の経過に
も依存する。歴史が定めるというしかあるまい。

例えばCOP3の京都会議は、直後の評価が一番辛かったのではないだろうか。「京
都メカニズム」の導入など問題点も多かったが、個別の数値目標を含む「京都議
定書」にともかくも合意したことの意義は大きい。その後の交渉が難航している
がゆえに、「Kyoto Protocol を守れ」と言うのが、NGOでも主流の見方になって
いる。

この会議のハイライトともいうべき6月3日のシュレーダー首相の演説の中でも一
番拍手が大きかったのは、南の国々へのドイツの巨額の援助の約束以上に、ロシ
アの批准決定によって、京都議定書が発効すると述べたときだった。

「The Kyoto Protocol」はこの会議でも何度も言及された。1997年の京都会議で
温暖化問題の基本的な枠組みが合意されたことは、21世紀の「国際社会の日本」
にとって大きな意義をもつはずだが、日本政府はそのことをどこまで自覚し、そ
のadvantageを活用しようとしているのだろうか。The Kyoto Protocolを守り発
展させていくことが、何重にも日本の国益なのだという理解が、政府関係者や政
権党首脳部に、財界主流にはどれだけあるのだろうか。

ドイツはこの会議を開催したことによって、「自然エネルギー大国」ドイツを国
際社会、どくに南の国々に対して強烈にアピールした。雇用など内政面に難問を
抱えるシュレーダー政権にとって、大きな政治的得点になることは疑いない。ヨ
ハネスブルクサミット以後の「環境と開発」問題の主導権はドイツが握ったとい
う印象がある。保守政権の誕生の余波か、COP3やCOP6のときに比べて、デンマー
クやオランダの存在感が乏しかっただけに、その印象はなおさら強い。

会議の主役は司会を務めた環境大臣トリティンと経済交流大臣の女性
Wieczorek-Zeulさんだったといってよい。「知の人」トリティンに対して、「意
と情の人」Wieczorek-Zeulさんの司会ぶりも際だっていた。4日朝も、トリティ
ンがまだ席についていないと「(遅れているのは昨晩の)ワインのせいかな」な
どとジョークをいう。

「自然エネルギーと女性」はこの会議で強調された論点だが、それを見事に体現
していたといってよい。4日の南アフリカ共和国、ウガンダの女性代表のスピー
チなども、そうだった。

「自然エネルギーの促進にはたす市民社会、とくにNGOの役割」も、この会議で
重視された論点である。

日本で電力関係者や原子力関係者がヒステリックに固執し続けているような、自
然エネルギーは「エネルギー密度が低く、天候に左右され、不安定で、頼りにな
らない」というような声はどこでも聞かれない。電力にアクセスできない20億人
の半分にあたる10億人の人たちに電力の恩恵を与えうる切り札として位置づけら
れている。

自然エネルギーが化石燃料や原子力に変わりうるエネルギー源として、国際的に
認知され大きな評価を得た場として、この会議は長く記憶されるのではないだろ
うか。

「太陽へのアクセスをめぐる争いはない」というのが、Wieczorek-Zeulさんの閉
幕の言葉の中の印象的な一節だった(もちろん日照権をめぐる争いはありうる
が)。石油利権を背景とした、泥沼化したイラクでの戦争状態が続き、D-Day60
周年の2日前だけに、閉幕にふさわしい言葉だった。

CONTACT: 飯田哲也、大林ミカ
環境エネルギー政策研究所
phone: 03-5318-3331、fax: 03-3319-0330
(mobile現地: 飯田:+49-162-491-1171, 大林:+49-162-842-5781)


ドイツ・ボン「自然エネルギー2004国際会議」
世界は自然エネルギー促進に向けて共に歩み出した

6月4日正午、自然エネルギー2004は、154ヶ国の政府代表団が「ボン宣言」
(政治宣言)を採択し、閉幕した。

自然エネルギー2004の契機となった2002年のヨハネスブルグサミット(WSSD)で
は、世界全体の自然エネルギーの比率を一定の年限で達成する「目標値」を設
定することに、各国は合意できなかった。しかし、今回の自然エネルギー
2004では、自然エネルギーと省エネルギーを、持続可能な未来に向けて最も重
要なエネルギーとして位置づけ、普及を加速するための共通の政治目的を含ん
だ「政治宣言」の採択に成功したことは、大きな一歩であると評価できる。

加えて、各国政府や国際組織、地方自治体、NGOなどが自然エネルギー普及に
向けた165の自主的・自発的な取り組みをまとめた「国際行動プログラム」お
よび自然エネルギー政策措置に関する実務的なガイドとして「政策提言」も併
せて公表されている。

自然エネルギー2004をとおして、各国政府およびさまざまな関係当事者(ステ
ークホルダー)は、自然エネルギーと省エネルギーをもっとも現実的なエネル
ギー資源であると捉え、その重要性について再確認し、環境保全はもちろん、
産業や雇用創出、地域活性化、途上国の貧困や女性差別などを改善するもので
あることを、あらためて確認した。

自然エネルギー2004に、先進国および途上国から多数の大臣が参加したこと
は、自然エネルギーに対する大きな期待を表すものである。また、多くの自然
エネルギー事業者が参加し、ファイナンスのあり方が大きな関心事として討議
されたことは、自然エネルギーがエネルギー政策の本流に入ってきたことも表
している。

ただし、各文書の内容や交渉過程は、環境NGOにとって、必ずしも満足できる
ものではない。ヨハネスブルグサミットとは異なり、数値目標を地域や国ごと
にボトムアップで設定することにはコンセンサスがあったにもかかわらず、具
体的にその数値目標を定めていく手続きには合意できなかった。

また、途上国の貧困を解決するために、先進国は自然エネルギーの普及にどの
ような貢献ができるのか、具体的に盛り込むことができなかった。国際的金融
機関から途上国に対する開発資金は、これまでは「持続可能ではないエネルギ
ー開発」への投融資が中心であったが、これを自然エネルギー開発への資金へ
と転換していく具体的目標数値や年限は含まれていない。さらに、会議での約
束を継続的にモニタリングするための充分な枠組みを作ることを約束できなか
った。そして、交渉過程において、化石燃料や原子力、大型水力など、「持続
可能ではないエネルギー」の促進を発言する政府が未だに存在したことは、大
きな問題であった。

とりわけ、日本の環境NGOとして非常に残念だったのは、事前の準備過程や会
議そのものにおいて、日本の積極的な役割や貢献が全く見えなかったことであ
る。特に、日本政府の交渉態度は、各国NGOからも大変後ろ向きであると指摘
された。表舞台ではない交渉過程では、ヨハネスブルグでの交渉でもそうであ
ったように、常に「問題政府」と指摘される国々と協調し、交渉をブロックす
る役割を果たした。具体的には、日本で昨年から施行されている「新エネ利用
特措法」が、自然エネルギー市場を逆に阻害している状況にもかかわらず、ク
ォータ制度を「政策提言」に盛り込むことを強く主張したこと、「国際行動プ
ログラム」のなかで、他の国に比べてあまりに低い目標数値を自国の先進的取
り組みとして紹介したこと、今後の達成状況をきちんとモニタリングする制度
に強く反対したこと、また、フランスなどと協調して、原子力を示唆する文言
を盛り込むよう要求したことなどが伝えられている。

自然エネルギーと省エネルギーの推進には、先進工業国である日本が、国際交
渉の場で前向きで強力なリーダーシップを発揮することが必要である。環境エ
ネルギー政策研究所は、持続可能な社会を実現するために、日本政府に対し
て、地域社会や市民社会に開かれた透明で参加型・地域分権型のプロセスを通
じて、自らの国内政策を見直し、国際的規範を他の国々に提示することを強く
要求する。

1.自然エネルギー2004の意義再考 (飯田哲也、ISEP所長)

この原稿を書いている目の前で、第3日から始まった閣僚級会議がちょうど最終
セッションを終え、「政治宣言」が拍手を持って合意されたところである。トリ
ティン(ドイツ環境大臣)が閉会の挨拶を述べ、ウガンダ代表が全員の起立を促
すと、大きな拍手が鳴りやまなかった(最終文書は 
http://www.renewables2004.de/ に掲載されている)。

すべての国際会議と同じように、自然エネルギー2004でも、表のアジェンダとウ
ラのアジェンダがパラレルかつ相互作用しつつ走っている。そうした第3日の様
子を詳しく伝えている大林報告よりも半日先になるが、ここでは、終幕にあたっ
てこの会議の意味を再考したい。

まず、自然エネルギーをめぐるこうした「政治宣言」が合意されたことは、率直
に評価したいと思う。自然エネルギー2004は、ヨハネスブルグ・サミットの経緯
から、ドイツ政府が単独で主催した、いわば「半公式な国際会議」なのだが、
154カ国が参加し、多くの懸念材料があるとはいえ、「自然エネルギー」に関す
る政治合意が行われたことは、やはり画期的な出来事であるといえよう。

ヨハネスブルグ・サミット以来、自然エネルギーが国際政治の舞台に上がってき
ている状況は、ちょうど、1980年代末から気候変動が国際政治の表舞台に上がっ
た歴史に、部分的に重なるように思える。ただし、気候変動問題が「削減」に関
する多国間の合意形成であることに対して、自然エネルギーが多面的な便益を持
つ経済開発の側面を持っていてイシューとしての性格の違いがあることに加え
て、国際的に共通の「数値目標」をめぐって決裂したヨハネスの教訓もあって、
従来の国連の多国間合意のプロセスとは若干異なっている。数値目標の重要性は
共通だが、国際的に共通のトップダウンの目標値ではなく、地域ごとや国ごとに
目標値を決めるボトムアッププロセスに大きく変わっている。また、国際行動プ
ログラムに見られるように、ヨハネスブルグ・サミットの「タイプ2」と同様
な、自主的・自発的な取り組みが尊重されている。今後、自然エネルギー2004
は、2006/7年の国連プロセス(CSD)に戻ることになっているが(これにもNGOから
の批判は強い)、ともあれ「自然エネルギー国際政治」が今後どのように展開し
ていくのか、コミットしていく必要がある。

大林副所長が参加したマルチステークホルダーという新しいプロセスも、十分に
機能したとは言えないが、評価できる試みだろう。「政治宣言」に書き込まれて
いる「グローバルポリシーネットワーク」には、政府だけでなく、国会議員、地
方政府、市民社会など、多様なマルチステークホルダーが書き込まれており、今
後のフォローアップでは、欧州主導のJRECや英国主導のREEEPなどともリンケー
ジしながら、国際政治における新しい意思決定プロセスの試みとして発展してい
くことだろう。

基本的に、ポジティブに捉えたい自然エネルギー2004の成果ではあるが、やはり
多くの問題も残した「政治宣言」であった。ブラジルなどが固執するダムをめぐ
る問題は根強く残り、さらには背景に、化石燃料や原子力ロビーも透けて見え
る。開発と環境をめぐる溝も埋まっているわけではない。日本政府やアメリカ政
府の姿がほとんど見えず、それだけに今後のフォローアップが、国連の公式プロ
セス(CSD)に戻っていったときの難しさを予見させる会議でもあった。そうした
成果の概要と分析は、明日の最終号外で詳しくお伝えしたいと思う。

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2. 会議三日目:「今やらないならいつやるのか?今しかない」
会議の成果が弱まることにNGOは危機感を持つ。(大林ミカ、ISEP副所長)

会議も三日目となり、いよいよ4日だけを残すことになった。

閣僚級会議が始まるので、セキュリティーが厳しくなるのは仕方ないが、今まで
有料だった会場内のレストランが無料になったのには驚いた。

本会議ではシュレーダー首相の開会の辞に始まった。さまざまな国からの報告が
あり、その後、今まで二日間行われた会議の報告が大臣たちに行われた。MSD、
国会議員会合などの報告である。国会議員会合の報告では昨日も書いた宣言文が
紹介されたが、自然エネルギーの促進のための大変肯定的な中身は、NGOのなか
でも評価が高い。

午後には、まず、3つのラウンドテーブルが行われた。しかし、わたしたちNGOは
「政治宣言」、「国際行動プログラム」、「政策提言」の文書で、特に政治宣言
の文書が弱められつつあること、また「国際行動プログラム」でも、本当に国際
行動プログラムの名に値する取り組みが少ないことなどの問題を大きく懸念し、
主にそのロビーに向けての活動を行っていた。

まさにそれら会議の成果を議論するセッションは夕方の5時から始められ、さま
ざまな国が発言を行った。特に、昨日書いたように、午前のブラジルのエネル
ギー大臣のコメントは、大型水力発電を強力に支持するものだったが、それに続
くように、午後は、インドや中国など各国から大型水力の推進を強調する発言が
出された。拍手も起こっていたが、むしろ、何らかの大型水力を排除する文言が
入らなければ(つまりは現時点のドラフト)のまま行くのであればよいというサ
ポートであって、連合を組み、何らかの意図を持って交渉をブロックしようとし
ているものではないようだ。

EUからは何らかの強い具体的数値目標が必要なことが語られた。しかし、やは
り、午後に議論されているドラフト3の「政治宣言」は、ヨハネスブルグから世
界がどれだけ進歩しているのかを考えるとき充分ではない。また、ファイナンス
の面でも、タイムフレームを伴った具体的な目標数値が盛り込まれていないこと
など、各国の約束は充分ではない。また、特に、先進工業各国の発言を聞いてい
ると、自然エネルギーが経済的に意味を持って促進されるのは前向きなサインに
違いはないが、途上国の視点からすると、途上国が新しい市場対象として見られ
ているのみといったような内容の発言もあった。ヨハネスでは、自然エネルギー
促進の目的として貧困の克服が大きな要素を占めていたのである。さらに、今回
の会議の成果をどうフォローしていくのか、単なる宣言などの紙ではない、具体
的な行動が求められている(日本の環境NGOから日本政府への視点は、大林がド
ラフティングした日本政府への提案書を今号に掲載)。

ただ、自然エネルギーの促進を推進するもの、妨害するもの、2つの側面からの
発言があったが、特に印象的だったのは、それらをすべて受けての最後のハイデ
マンリー・ウィエオレック-ズエル経済協力開発相の言葉だった。「今やらない
ならいつやるのか、今しかない」と強調する彼女の言葉は、多くの人の胸に届い
ただろう。

その後には、大きなレセプションがドイツ政府の主宰で開催され、8:30から
12:30近くまで大変盛会だったようだ。日本政府の交渉などと重なって参加でき
なくて残念だったが、参加者間では、かなりのロビーがあり、特にNGOは活発に
動き、成果を得たようだ。

また、もう一つの「国際行動プログラム」で、日本が2010年までに12.2TWh、
1.35%のRPS目標を持つことを入れようとしていることに関して、何度かのコンタ
クトがあり、本当にこれでいいのかどうか逆に聞かれてしまった。日本政府のス
タンスとしては、すでに総合エネ調で定められた数値であり、何らかの日本の貢
献を記すべき時に入れざるを得ないといったところだろうが、やはり他の国に比
べて非常に低い目標値などが目立つものになるのだろう。

後一日の会議でどのような成果がだされるのか、今の時点ではこれ以上悪くなっ
ても良くはなりそうにないが、少なくともこの会議によって自然エネルギーのプ
レゼンスは高まったと考えたい。

<< 6月3日(木)本会議プログラム >>
テーマ:【閣僚会合】

(9:00-12:00)本会議A 開会挨拶、基調講演
(14:30-16:30)閣僚円卓会合
 A 自然エネルギー市場の促進政策
 B 自然エネルギーへの投融資オプション
 C 研究開発、制度、能力育成・開発
(17:00-20:00)本会議B 会議成果へ向けた議論

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3.日本政府との対話:概要(大林ミカ、ISEP副所長)

3日目の本会議が終わってのち、夜9時から、日本政府の滞在するヒルトンホテ
ルロビーで、1時間の予定で環境NGOとの意見交換が行われた。今回参加したの
は、環境NGOからは、飯田哲也・大林ミカ(環境エネルギー政策研究所)、小野
寺ゆうり・神崎尚美(FoE Japan - 以下FoEJ)、中島正明(グリーンピース・
ジャパン)、ロブ・ブラッドレー(気候行動ネットワーク欧州)の6名、経済産
業省側からは、直接の交渉者である資源エネ庁の省・新部新エネ政策課:樋口課
長と井上課長補佐である。残念ながら、交渉団トップの藤田部長の参加はなかっ
た。また、今回の機会を作ってくれた、民主党の奥田健氏と、民主党の鮫島氏も
意見交換に加わった。

まずは、ロブから、欧州のNGOとしての挨拶と会議の意義、また、欧州を中心と
した自然エネルギーの状況、また固定価格買い取り制度の成功、また、具体的で
長期的なターゲットが自然エネルギーを促進することなどが紹介された。その
後、政府からの返答、こちらの提案書の紹介、グリーンピース・ジャパンとFoEJ
からの質問であった。全体的に、対話ベースで進められ、プレゼン後にまとめて
回答を得るという、いつもある会見方式ではなかった。

全般的印象としては、こちらが想像していたよりも政府がポジティブな姿勢を今
回の会議に対して抱いていることがわかった。ポイントとしては、1)特にヨハ
ネス以降、今まで環境問題から語られることの多かった気候変動問題が、ビジネ
スベース、技術移転などのファイナンスの観点から語られるようになったこと、
2)ヨハネスで取られた各国をとりまとめようとする画一的なものではなく、機関
の多様性を前提にしたアプローチがとられていること、3)また、現実的な視点か
ら議論を行おうとしていること、4) 途上国への援助という観点から、2006年
2007年にかけてエネルギーが議論されるCSDでどのような進展があるのか、この
会議は中間地点と言うことで、期待を持って注目している、というものだった。
さらに、政府がすでに12億ユーロを新エネルギーに投入していること(石特か
ら)、途上国にもODA以外で100億円/年の投入を行っていること、固定価格買い
取り制とRPSについては、どちらかの制度を議論するのは二次的な問題であり、
総合的に各国の状況を見ながら政策をとっていくことが重要であることなどが強
調された。現在議論中の「政治宣言」についてはまだ議論中(交渉のディール
中)なので詳しい経過は聞くことができなかったが、フォローアップシステムと
してはCSDが適当という考えだった。また、原子力は、国民の代表である国会が
定めたエネルギー基本法によって基幹エネルギーとされており、日本の国民の総
意として推進していると受け止めていることがわざわざコメントされた(しか
し、強靱なエネルギーセキュリティーという観点からは、原子力だけではないエ
ネルギーミックスが必要ともコメント)。

こちらの提案書に対しては、そのまま受け入れてもらうものでもないが、ター
ゲットがすべてではないことが返答された。JRECに関する質問では、もともとヨ
ハネスブルグのグローバルターゲットの設定から始まっており、現時点でもその
目標があるため、参加は考えていないとの発言だった。「国際行動計画」での
RPS目標数値の明記については、低いとは思っておらず、また、大林の会議3日目
報告でも書いたように、政府が正式に定めたもので、明記は当然であると考えて
いるという返答だった。

会合は、当初の1時間から、1時間半以上に及び、かなり活発な意見交換が行われ
た。自然エネルギーをビジネスとしても促進していくことへの期待など、思った
よりは積極的だったが、しかし、具体的なポイントを見ていくと、従来の政府の
スタンスからは踏み出してはいない。多岐に渡る会合だったため、すべてはカ
バーできないが、交渉担当者そのものは、NGOからはもちろん充分ではないが、
担当として自然(新?)エネルギー推進の視点を持ちながら発言しているので、
原子力が大きな課題となっている政府全体のエネルギー政策の見直しが根本的に
行われなくてはならないのだろうと改めて考えた。

以上、概要としてお知らせする。

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4.「自然エネルギー2004」に関する、日本政府に向けた環境NGOからの政策の提
言(ISEP、グリーンピース、FoEJ)

日本は、世界の自然エネルギー促進への積極的な貢献を!

環境エネルギー政策研究所: +49-162-842-5781
FoEJ: +0081-90-6504-9494
グリーンピース・ジャパン: +0081-9017-9354

6月1日から4日にかけて154ヶ国、3,000人が参加して開催されている「自然エネ
ルギー2004国際会議」が、明日にも終わろうとしています。

この会議は、2002年のヨハネスブルグ・サミットでドイツ政府が開催を宣言した
ものです。自然エネルギーに関する世界全体のタイムフレームを伴う具体的目標
数値の設定が断念されたことや、化石燃料などの既存のエネルギー技術への補助
金の削減などに関する合意ができなかったことを背景にし、より積極的な自然エ
ネルギーの導入を確実にするために提案されました。

しかし、わたしたち、ヨハネスブルクからの議論の流れを追いつつ、今回の会議
に参加している日本の環境NGOは、現在ドラフティングされている「政治宣言」
や「政策提言」を読んで、いくつかの点で大きな懸念を抱いています。

まず、最も大きな問題は、ヨハネスブルグで議論されながらも合意に至らなかっ
たことに関して、何ら進歩が見られないことです。

1) 国や政府が自然エネルギーを促進するための明確なタイムフレームを伴っ
た具体的目標数値が含まれていない

2) 既存の化石燃料や原子力の推進ではなく、自然エネルギーと省エネルギー
の推進が、最も重要であるという位置づけがなされていない

3) 途上国で自然エネルギーを促進するために、先進工業国が果たす役割が明
確化されていない

4) 世界銀行や地域開発銀行など自然エネルギーを促進するための明確なタイ
ムフレームを伴った具体的目標数値が含まれていない

5) 参加国が約束するこれらの宣言内容に関して、きちんとしたフォローアッ
プの枠組みが保証されていない

年々顕著になる気候変動問題の影響は、わたしたちに時間的余裕がないことを示
しています。自然エネルギーと省エネルギーの推進は、深刻化する気候変動問題
や他の環境問題への対応を筆頭に、エネルギーセキュリティー、産業と雇用の創
出、地域の発展のすべてに大きな貢献が期待できる、すべてのエネルギーの中で
最も重要かつ広く供給可能なエネルギーであり、原子力や化石燃料、あるいは大
型水力発電などでは、持続可能な社会を実現することはできません。

また、特に日本政府におかれては、昨年より施行されている「新エネ利用特措
法」により、自然エネルギー市場が縮小していく危険さえ指摘されている中で、
このようなクォータ制度を前提にして、他の国に比べてわずかな目標数値を提言
に盛り込むなど、後ろ向きの姿勢がめだちます。

自然エネルギーの普及は、国政レベルで求められている政策の見直しに加えて、
地域社会や市民社会に開かれた、透明で参加型・地域分権型のプロセスが不可欠
です。

わたしたちは、ボンに集う日本の環境NGOとして、日本政府が、自然エネルギー
と省エネルギーの促進を通じた、より一層持続可能な社会の実現に向けた努力を
続けることを強く願います。

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5.自然エネルギー業界就職相談会開催
 (近江まどか、ミュンスター大学大学院)

6月2日、自然エネルギー2004の関連イベントとして開催された「Job Fair」に参
加してきた。これは、自然エネルギー関連企業と求職者と交流をする、いわゆる
就職相談会である。ボン観光の名所の一つ、ベートーベンホールの南館が貸切ら
れ、約40社がブースを開設した。

参加企業は、「Enercon」などの風力産業企業、「SolarWorld」といった太陽エ
ネルギー産業企業、変わったところでは、自然エネルギー設備への投資に対する
コンサルタント会社など。会場には、求人ボードが設置されており、エンジニ
ア、建築家、マーケティング、広報、事務職などの様々な職種に対する求人が、
所狭しと掲載されていた。又、求職者も面白い。自動車開発のエンジニア、MBA
コースに通う学生、大手電力会社の広報担当者など。皆、自然エネルギー業界に
将来性を見出し、このJob Fairにやってきたのだ。

今、ドイツの雇用市場では、自然エネルギー業界が熱い。2002年の時点で、この
分野で働く人々は12万人。特に、1998年以降の伸びは目覚しく、ほぼ倍増してい
る。又、2020年には、40万人の人々の雇用が、自然エネルギー業界で生み出され
るとの研究も連邦環境省から発表されており、低迷を続けるドイツ経済における
明るい話題となっている。このような雇用増加の背景として、トリッティン連邦
環境大臣は、2000年に制定された自然エネルギー買い取りを義務付ける「自然エ
ネルギー法」などの政策が果たした役割を強調している。

現在、私は、ドイツで、自然エネルギー政策を研究テーマに学生生活を送ってい
る。「Job Fair」に参加し、この業界で、将来、生計を立てていくことに、希望
を感じることが出来た。

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6.自然エネルギー2004若者版「ユースエネルギーサミットin Bonn」報告
 (逢沢澄香、京都女子大学現代社会学科3回生)

京都女子大学休学中、現在ドイツベルリンの環境NGOでインターンシップ中の逢
沢澄香といいます。大学でISEP所長の飯田ゼミに所属していたことから、今回自
然エネルギー2004とその前の5月28日~31日に行われた17カ国140人の若者たちに
よるユースエネルギーサミットに参加してきました。

ユースエネルギーサミットは会議というイメージより大規模合同合宿としった様
子で会場もボン市内の学校の校舎です。最終目標として宣言文を本会議自然エネ
ルギー2004に提出することをあげ、教室では様々なワークショップ、大きめの
ホールではディスカッション、知識人を招いてのスピーチ、そして寝泊りは体育
館で雑魚寝という感じで4日間ぎっしり詰まったプログラムをこなします。

‘締め’はボン市内でのデモとアクションで、参加者それぞれが自然エネルギー
を表す、風、太陽、バイオマスに変装し、自然エネルギー推進の歌を大合唱しな
がら約2時間練り歩きました。歌は短いながらもおそらく5曲以上もあり雰囲気を
十分に盛り上げていました。このユースエネルギーサミットには私を含め数人の
日本人参加者がおり、このデモのために日本語で“YES!自然エネルギー”のプ
ラカードを製作しました。ドイツ人には奇怪な文字にしか見えなかったと思われ
ますが、それでも何人もの人が“これは何て書いてあるの?”と尋ねてきてくれ
ました。4日間、こんなふうに多くの人が新しく知り合い、話をする時間を共に
することができたと思われます。またプログラムすべてが若者たちによる運営と
参加で動き、それをサポートする資金的、組織の仕組みがしっかりしていること
に特に感心しました。

(ユースエネルギーサミットの詳細は: http://www.yes2004.de/ )

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7.グリーンピース サイドイベントを開催
 (中島正明、グリーンピース・ジャパン)

グリーンピースは、「自然エネルギー政策と気候変動防止のための数値目標」と
題したサイドイベントを開催しました。このイベントには、グリーンピース・イ
ンターナショナルのビル・ヘアー、スティーブ・ソーヤー、WWFのジュリオ・ボ
ルピ氏、欧州風力エネルギー協会(EREC)会長のザボス氏などがスピーカーとし
て参加しました。

(続きはこちらで:
http://www.greenpeace.or.jp/campaign/climate/res2004/new/ )

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8. <<特別寄稿>>京都会議以降の若い力と大手メディアの「失われた十年」
 (長谷川公一、社会学者) 

若い日本の人たちが会場でがんばっている。ISEPの笹川さん、小圷君、日本総研
の村上さん、グリーンピースの中島君、地球の友ジャパン神崎さん、ミュンス
ター大学で勉強している近江さん、WWEAでインターンしている林君、CASAの木村
君、ボンのNGOで働く尾崎君、2年前からドイツにインターンシップにきている
京女飯田ゼミの逢沢さんなどなど。彼らにほぼ共通するのは、当時まだ高校生
だったという笹川さんや逢沢さんなどをのぞくと、学生でkikoの翻訳チームでボ
ランティアをしていたという村上さんほか、何らかのかたちで97年の京都会議を
ウォッチしていたことである。京都会議は日本のNGOを育てる大きな契機となっ
たが、当時得た国際的な経験を20代の若い人たちは確実に育んでいるようだ。

他方で京都会議から学ばなかった代表は日本政府だが、もう一つ日本のマスメ
ディアがあるのではないか。会場にはほとんど日本のメディアがいない。熊本
日々新聞が来ているだけだという。アフリカ諸国はテレビチームを送り込んで、
自国の代表団に会場からコメントさせている。取材を希望した心ある記者は少な
くないのだろうが、企画が認められなかったのではないか。

日本政府が「内向き」であることはよく嘆かれているが、もっとひろく認識さ
れ、改革されるべきは、日本のメディアの、しかも経費削減、予算管理がきびし
くなるなかでますます強まる「内向き」さである。グローバル化を叫びながら、
足許で「内向き」化を強めていることをメディアはどこまで自覚しているのだろ
うか。

「失われた十年」は、日本のメディアにおいても深刻である。自覚が乏しいだけ
により深刻ではないか、と私は思う。

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1.自然エネルギー2004第2日:さまざまな「中間領域」(飯田哲也、ISEP所長)

自然エネルギー2004の基調テーマは、やはり「目標値」と「政策措置」である。
本会議での動きは明日からの報告でお伝えする予定だが、私自身もパネリストと
して参加して2日に行われたWWIサイドイベントで、日本の自然エネルギー電力
の目標値が2010年でわずかに1.35%と1ポイント増にすぎず、これは毎年ではな
く全期間にわたる目標であると述べると、会場からは思わず失笑が漏れた。さら
に、5月17日に総合資源エネルギー調査会が報告した2030年の見通しでは、1.35
%が1%に減るシナリオがあることを説明すると、会場は反応を失い、しんと静
まりかえったのである。それもそうだろう。自然エネルギーは現実に急増しつつ
あり、それをさらに加速させるために、政策、ファイナンス、ビジネスはどうあ
るべきかを議論している中で、長期的に自然エネルギーが減るということは、エ
ネルギー政策に保守的な層ですら、想像だにしないことなのだ。なお、このWWI
サイドイベントは、ISEPも共催して、日米欧それに途上国の成功例や失敗例から
の教訓を共有する場としてデザインされたもので、概要は小圷報告を参照してい
ただきたい。・・と、ここまで書いたところで、欧州委員会のレポートが配布さ
れたのだが、そこには「欧州連合(EU)は2020年までに自然エネルギーの比率を
20%に高める努力をする」という目標が書き込まれていた。

こうした「異質な日本」はさておき、自然エネルギー2004全体をとおして、さま
ざまな「中間領域」を見ることができる。たとえば、一つは「政治」から「ビジ
ネス」への流れである。とりわけ、IEA(国際エネルギー機関)が今後30年で電
力分野に生じる投資の約50%、5兆ドルもの投資が自然エネルギーに行われると
いう見通しをうけて、本会議の中でも、また主要な関連イベントでも、「自然エ
ネルギーへのファイナンス」が大きな関心事となっていることは、新しいトレン
ドである。内容は村上報告に譲るが、本会議場から直線道路で200m離れている
ポストタワーと呼ばれるファイナンスイベントの会場は、ボンには似つかわしく
ないガラス張りの高層ビルで、シティやウォール街の「ビジネス・エグゼクティ
ブ」といった風情のオランダや英米からの参加者が多いのに対して、欧州的な政
治家や各国代表、それに市民団体の入り交じった本会議場とは、微妙に「空気」
が違っている。この政治からビジネスへの遷移的な「中間領域」に、たとえば途
上国に対して金融の専門的なスキルを持った「ファイナンスNPO」が登場するな
ど、興味深い萌芽をみることができるのである。

また、初日の大林報告にあるCURESと呼ばれるNGOの活動では、気候変動のロビー
イングを行っている各国のNGOが中心となっているのだが、ここにも微妙な「中
間領域」がある。気候変動のロビーイングを行っているNGOは、国際交渉のプロ
であり、論点をうまくフォーカスし、政府にさまざまなチャネルで交渉すること
が得意である。これがCURESの強みであり、政府に圧力をかけるには有効なのだ
が、一方で自然エネルギー2004には、こうしたアプローチだけではカバーしきれ
ない領域がある。前述の「ファイナンスNPO」や自然エネルギーの普及プロジェ
クトを実践している「コミュニティNGO」、そして自然エネルギー事業を行って
いる「ビジネスNPO」などは、この場から新しい協働やイニシアティブやアイデ
アが生まれることを期待している。こうした、「ロビーイングNPO」と「プロ
ジェクトNPO」のパラレルな存在が気候変動交渉との最大の違いであり、面白い
「中間領域」と言えよう。

「政府」と「政治」との中間領域もある。笹川報告にあるように、2日は、世界
国会議員フォーラムが行われ、日本からも4名の国会議員と1名の県会議員が参
加し、透明人間のように日本政府の存在が見えない本会議とは対照的に、大きな
プレゼンスを示していた。中でもすべてのスピーチをとおして最大の拍手で歓迎
された河野太郎議員のスピーチは、(私自身は後で録音を聞いたのだが)内容も
さることながら、「ようやく国際政治のなかで、規範性において対等以上の役割
を果たせる日本の政治家が登場してくれた」という深い感慨とともに、新しい時
代の扉が開く予感を感じさせてくれたのである。実際に、初日の報告でも述べた
とおり、政府そのもの非効率で障害となっていることは、あちらこちらで指摘さ
れている。ファイナンスイベントでであった日本の某金融関係者も、「政府が非
効率なのはこちらも同じだが、日本政府もせめて補助金ではなく、欧州のように
はっきりとした政策スキームをつくって欲しい」と訴えていた。レスター・サラ
モンの指摘する21世紀社会における「政府の後退」と「第3領域の台頭」は、自
然エネルギーの世界では明瞭になりつつあるようだ。

<< 6月2日(水)本会議プログラム >>
テーマ:【各国の成功事例報告】

(9:00-10:30)
本会議IV A 自然エネルギー市場を育てる政策(電力部門)
(11:00-12:30)
本会議IV B.自然エネルギー市場を育てる政策(熱と運輸部門)
(14:00-15:30)
本会議V A. 自然エネルギーに対する投融資オプション
(16:00-17:30)
研究開発(R&D)、制度、能力開発(キャパシティービルディング)

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2.会議2日目、各国は自国の政策をプレゼン。宣言文交渉は大詰めに。
(大林ミカ、ISEP副所長)

会議も2日目に入り、会議場にも3日・木曜日の閣僚レベル会合に向けて人が増え
てきたように感じる。今日は、本会議では、午前中は電力と熱分野の双方の自然
エネルギーの推進にどのような政策的措置が必要かという議題、午後は投資と
キャパシティービルディングの話しが行われた(飯田報告を参照)。

今日は、午後3:30から7:00までの中国のサイドイベントで中国が大きな自然エネ
ルギーのターゲットを発表するということで、大きな関心が集まった。発表によ
ると、2010年までに自然エネルギー電力(大型水力を含まず)で10%を賄う計画
だという。メインの資源は、中小水力(50MW以下)、風力、太陽光・熱、バイオ
マス、地熱などである。昨年の中国の石油の輸入量は9,700万バレルだった。豊
富な石炭資源に支えられ、GHGsの削減に大きな課題を抱えている中国の自然エネ
ルギーの増大計画は、会議場では好評だ。

また、日本政府も大きく協力したNEDOのサイドイベントが夕方開催された。実質
的に日本の交渉団トップである藤田部長のコメントを聞きたかったが、残念なが
らNGOの会合などで一部しか参加できなかった。参加した部分では、デンマーク
やアメリカの自然エネルギー政策、また、自然エネルギー2004の国際運営委員会
に参加しているシャープの冨田部長の発表などがあった。全体として、最新の情
報と各国の政策がわかりやすく網羅されていた。最後だったので時間が短くなっ
てしまってしまったが、特に冨田氏は、日本政府のPV政策の変遷について予算額
やタイムフレームを図にして説明し、大変わかりやすかった。前にも書いたが、
欧州を中心として、日本のPV導入の成功への関心は非常に強い。しかし、現状で
は、ドイツなど強力な政策を打ち出している国々へと日本のPVメーカーの焦点は
シフトし始めている。

また、同時開催された「国会議員フォーラム」では、日本から参加している議員
たちが、議長を務め、プレゼンを行い、宣言文のドラフティングに関わるなど、
重要な役割を担った。特に、自民党の河野議員のプレゼンは、大きな拍手でむか
えられた。また、日本が未だに原子力を推進し自然エネルギー政策が停滞してい
ることなどから、フォーラムの宣言文には、特に、二つのセンテンスが追加され
た。一つは「二酸化炭素削減を理由として原子力の推進をしないこと」、「自然
エネルギーを推進するためのターゲットは常に増え続けるべきである」などであ
る。日本の国会議員の活動がもたらした成果の一つだろう。

一方で、会議全体の交渉状況が大詰めを迎えている。まず、重要な文書として採
択される予定の「政治宣言」(Political Declaration)、「政策提言」
(Policy Recommendations)、「国際行動プログラム」(International
Action Progaram)の3つの交渉は、本会議での交渉とは別途サイド・バイ
・サイド、バイラテラルで行われている。特にこの会議全体の総括とも言える
「政治宣言」の交渉では、昨日も報告した日本やアメリカを始めとする国々から
の抵抗が続いている(3日現在朝の情報では、昨夜もずっと交渉が行われ、イン
ド、サウジアラビア、ブラジル、アルジェリア、ウクライナ、ウガンダ、などが
強硬になっているなどと報告された)。また 3日に行われるブラジルの大臣報告
では、大規模水力を自然エネルギーに入れるべきでそうでなければ全く合意でき
ないという強い主張がなされるのではないかという情報が入り、南アメリカの
NGOを中心に強力なロビーが始められている。

また、さらに悪い情報は、政治宣言の中にある「自然エネルギーを将来の主要な
エネルギーとして認め・・・」という表現に関して、日本やフランスが反対して
おり、特にフランスは日本と協調しながら「非化石燃料」(non-fossil fuel)
という言葉を入れようとしているというものだ。ヨハネスブルグでの宣言でも、
非化石燃料へのシフトが行われ、アメリカや日本は、原子力の可能性も
renewableとして示唆している。

もし今回の会議が、ヨハネスブルグサミットからの2年後、世界が自然エネル
ギーにシフトし始めている状況を反映できないものになるなら、大変大きな損失
だろう。3日から始まる大臣級会合と裏舞台での政府間攻防に向けて、NGOの活動
は活性化しているが会議の結果への期待は低くなりつつある。

3日夜には、昨日書いた、日本政府との対話が行われる予定だ。今、ISEPをコン
タクトとして参加者の人選や中身の準備をしている。明日には、対話の内容を報
告するが、実りあるものであることを願っている。

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3. 議員フォーラム報告(笹川桃代、GEN事務局/ISEP研究員)

International Parliamentary Forum on Renewable Energies
Renewable Energies -The Challenge for the 21st Century

6月2日に自然エネルギー20004本会議の関連イベントとして、ドイツ国会によっ
て行われたのが、「議員フォーラム」である。議員フォーラムの会場は、本会議
場(IKBB)の中庭をライン川に向かって抜けたWasserwerkである。

この議員フォーラムは、プレナリーディベートの形で実施され、6月3日に本会議
で始まる閣僚級会合で、議員から提案として表明される決議文(Renewable
Energies-The Challenge for the 21st Century)を採択することが目的とされ
ている。議員フォーラムの議長を務めるのが、現在ISEP・GENと強力な協力関係
にあるヘルマン・シェア氏(ドイツ連邦議員、社民党。ユーロソーラー会長、世
界自然エネルギー協会会長)である。彼は、日本の国会議員をこのフォー
ラムに呼ぶために、今年4月に来日し、各党議員にじきじきに招待状を受け渡し
た。

日本政府の代表団には大臣級の閣僚が含まれないなど、この会議に対する政府の
姿勢は消極的なものであり、政府からの国会議員に対するこの会議への参加要請
もネガティブなものだった。しかし、ヘルマン・シェア氏じきじきの要請とISEP
・GENの強力なロビーもあって、政府を介さない形で5名の国会議員と1名の県議
会議員がまったく自発的に当フォーラムに参加することとなった。

日本から参加した5名の議員は、奥田建氏(民主党)、河野太郎氏(自民党)、
小杉隆(自民党)、鮫島宗明氏(民主党)、まつや清氏(静岡県議)である。午
前中に2時間行われたフォーラムの第一セッション(テーマ:先進国における議
員イニシアティブ)では、鮫島氏が議長を、まつや・小杉・河野の各氏はスピー
チを行った。また、河野氏は、決議文のドラフティング委員会にも加わった。議
員フォーラムにおいて日本からの参加者は非常に積極的かつ重要な役割を担っ
た。政府代表団の姿勢とは対照的である。

まつや氏からは、地元静岡県に立地する浜岡原発に対する批判と自然エネルギー
への期待、小杉氏からは日本が世界に誇ってきた太陽光発電の実績が表明され
た。そして、第一セッションでもっとも会場を沸かせたのが河野氏のスピーチで
ある。河野氏は、その国の民主度は自然エネルギー政策を見ればわかるとした上
で、京都議定書を原発推進の正当化に使い、自然エネルギーに対して非常に低い
目標値しか設定しない日本政府のエネルギー政策を非常に非民主的なものとして
批判し、決議文中に名指しで日本のエネルギー政策の転換を求める一文を盛り込
むべきと主張した。このスピーチに対しては、スピーチの最中から、会場から拍
手が沸き起こり、もっとも会場が沸いた瞬間であった。

議員フォーラムの開催趣旨には、創造的な自然エネルギー普及政策は、政府から
でなく議員から提起され実施されてきており、エネルギー政策における議員のイ
ニシアティブの重要性を説いている。日本においても、日本エネルギー政策転換
の突破口の重要なひとつとなるのは、こうした議員の活躍に違いないと感じた瞬
間であった。

(※採択された決議文などについては、大林報告を参照)

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4.ISEP共催サイドイベント報告(小圷一久、ISEP研究員)

会議2日目、国際的に活動を展開している政策系の研究機関が集まり、各国の自
然エネルギー政策の「現場」における課題やこれからの政策の方向性について、
シンポジウム形式のサイドイベントが行われた。ワールドウォッチ研究所(米
国)、ジャーマンウォッチ(独)、エネルギー資源研究所、TERI(インド)、そ
して、環境エネルギー政策研究所(ISEP)による共催イベントである。

ISEPからは、飯田所長が出席し、日本の自然エネルギー政策(特に太陽光発電と
風力発電)の現状と課題について意見を交換した。司会は、ワールドウォッチ研
究所からクリストファー・フラビンとジャーマンウォッチのクラウス・ミルケで
ある。

話題の中心はやはり、なぜドイツが風力発電に成功したのか、その政治経済的な
要因は何であったのかという議論である。それに関して、ドイツ連邦議員のレイ
ンハード・ロスケ氏は、大きく分けて2つの要因があったと分析している。つま
り、1)政治的な合意形成の確立と、2)様々な企業や期間の協力関係の構築であ
る。政治による合意形成は自然エネルギーの市場に参加をしようと考える、企業
への信頼を生み、そして市場が整うにつれ、経済的な利益も確保されるようにな
る。この点で、ドイツは一歩先に進んでいる。まさにこの会議の開催自体がその
証左であると。

では、なぜ日本は太陽光発電に成功したのか?司会のクリストファー・フラビン
氏に問いかけられたのに対し、飯田所長による解答は「偶然」(by chance)と
いうことであった。つまり、自然エネルギーの促進に不可欠な要素である、固定
価格の買い取り制度が、太陽光発電の「余剰電力購入制度」により確立され、そ
こに政府によるサンシャイン計画などの政治的な目標設定が相まって、“意図せ
ざる”自然エネルギー買い取り制度が今日の太陽光発電設備容量世界1位という
現状を生み出したとコメントした。

折しも、日本政府による長期エネルギー需給見通しの改正が進められているのに
伴い、政府による見通しと政治的なコミットメントが求められている。ドイツで
の経験が教えることは、まず自然エネルギー促進に対する明確な意志表明を確立
する努力を続け、それが、多様な主体による社会的な合意へ向けた動きへとつな
げることが、日本の自然エネルギー政策に最も必要な要素であろう。そのための
場として、今回の会議の行方に注目したい。

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5.持続可能なエネルギー・金融イニシアティブ(村上芽、日本総合研究所)

(会議概要)

6月1日と2日の2日間、持続可能なエネルギーと金融をテーマとした会議(SEFI)
が本会議場近くのポストタワー(ドイツポストの高層ビル)で開かれた。この会
議は昨年10月の「2003国連環境計画・金融イニシアティブ(UNEP FI)東京会
議」に続く位置づけである。UNEP FIには日本からは、15社が署名している
(2004年6月現在)。

SEFIには、世界銀行グループを中心とした国際開発金融機関、政府、政府系金融
機関、民間金融機関、民間エネルギー事業者、NPOなどが参加し、日本からは日
本政策投資銀行、国際協力銀行、GEN、環日本海経済研究所と日本総合研究所だった。

(主要な視点)

自然エネルギー向けに、2003年には発電だけで200億ドル(発電関連投資の6分の
1)が投資され、今後の10年には年間850億ドルが必要とも言われている 。従っ
て、それをどうファイナンスするかは喫緊の検討課題である。世界的に見て自然
エネルギーの成長率は目覚しいが、資金調達については?新しい技術であるこ
と、?初期投資が高いこと、?新しい政策であること、?収益性が低いこと、な
どが投融資の障害になっている。

会議では、?リスクマネジメント、?ベンチャーキャピタル、?コンシューマー
レンディングとマイクロファイナンス、?炭素ファイナンス、?輸出入金融、?
パブリック・プライベートパートナーシップ、?インフラファイナンス、?中小
企業向けファイナンス、?投資フォーラムの各テーマが、パネルディスカッショ
ン方式で議論された。

投融資の方法や関係者は、まず先進工業国向けか発展途上国向けかで二分され
る。後者では特に、「Off-Grid」と呼ばれる送電インフラ未整備の地域向けの小
規模・分散型投資が注目されている。参加者の関心は、全体としては先進国の自
然エネルギー政策の行方と「金融は政策変動リスクを取りにくい」などのリスク
関連と、個別にはCDM・JIをはじめとした京都議定書の仕組み(特に欧州では来
年1月から排出権取引が始まるため)、クリーンテクノロジーベンチャー投資、
途上国での小規模・分散型投資に集まっていた。

(持続可能なエネルギーファイナンス のために何が必要?)

参加者の関心事が多様だったために、会場の雰囲気としての合意はあまり感じな
かったが、発言の中で目立ったものとしては、「補助金や税制優遇はもちろん促
進剤として重要。しかしもっと重要なのは、長期的な政策の安定性や制度の透明
性、分かりやすさ」というものだった。特に、事業や投資実務に携わっている参
加者からのものである。エネルギーインフラのための投資回収期間は一般的に長
いため、追い風の政策でもころころと変わると感じてしまえば臆病になってしま
い、政策頼みの事業計画では特に高リターンが必要な投資資金は近づきにくくな
る。筆者の感想だが、金融業界は例えば市場の過去のデータに基づいて何かを判
断することが身についているために、ころころ変わるものでも慣れていれば「ぶ
れの範囲内」と思えるところが、特に自然エネルギーについては風況の変動幅を
理解する方がよほど簡単、と受けとめられているのではないだろうか。

まとめとして、閉会式でのドイツ・トリッティン大臣が挙げた、ファイナンスを
促進するための4つの共通の前提条件を紹介したい。
? 初期投資を安くすること(製造コストの引き下げ)
? 安定的な法的枠組み(固定価格買い取り制か何かはともかく、長期安定性が
重要)
? 明確なターゲット(数値目標)
? 途上国向けの追加的な資金(国際金融機関を通した資金の流れ)

あえてこれに付け加えるとすれば、「自然エネルギーをメインストリームへ」と
いう雰囲気づくりが特に保守的な業界には必要だろう。(UNEP FIに署名してい
る欧州の銀行でさえも、持続可能性に関する企画担当部長は社内からは変わり者
だと思われているらしい。)

本会議でも再度金融は議題に上る。法・制度的な枠組みとお金の流れは、社会的
な価値観の表裏一体の表れだと考えるが、グリーンなお金の流れへの主体的な関
心がさらに高まるような、気の利いたまとまりになることを期待したい。

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6.会議場前に自然エネルギー100%のソーラーカフェが登場!
(近江まどか、ミュンスター大学大学院)

自然エネルギー2004会場前にソーラーカフェがオープンしている。ここでは、冷
蔵庫、食器洗い機、カフェマシン、電灯等、カフェで利用するすべての電力や熱
を、100%、太陽エネルギーで供給している。

イニシアティブを取ったのは、ドイツソーラー産業連盟(BSi)とソーラー産業企
業連盟(UVS)。床面積160平方メートルの鉄筋の建物の屋根や壁全面には、ドイ
ツ国内の企業から提供を受けた太陽光発電装置(4KW)や太陽熱温水器(4平方
メートル)が張り巡らされている。建設費に約100万ユーロ(約1300万円)か
かっているが、これらは、全て、個人や企業からの寄付でまかなわれている。

このソーラーカフェ、目下、自然エネルギー2004を象徴する存在として、会議参
加者のミーティング場所、交流場所に、大活躍している。

ソーラーカフェ・オフィシャルサイト: http://www.cafe-solar.org/

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7.明日から閣僚級会合(中島正明、グリーンピース・ジャパン)

いよいよ明日から会議の最大の争点となる閣僚級会合が始まる。

これまでの2日間は、マルチ・ステークホルダー協議(MSD)で様々な方面からの
関係者が意見を表明し、また会議の3つの主要テーマとしてあげられていた自然
エネルギー発展のための政策、ファイナンス(資金面でいかに自然エネルギーを
促進していくか)、キャパシティービルディングと研究開発に関する意見交換が
比較的何事もなく行われた。

(続きはこちらへ: 
http://www.greenpeace.or.jp/campaign/climate/res2004/new/)

8. <<特別寄稿1>>

 今日の一句: 休憩のライン河畔に雷を聞く    長谷川冬虹(とうこう)

 自註 午後3時半頃、何度か雷鳴があった。ボンはベートーベンの生地。地下
  鉄の駅名には「ロベルト・シューマン広場」もある。休憩時間、外に出て、
  ラインを眺め、鳥のさえずりを聞いていると、ベートーベンやシューマン夫
  妻も、この景色を眺めたのだろうと思う。突然、第5番の冒頭を思い起こさ
  せるような雷。「運命はかくドアをたたく」というように、自然エネルギー
  が各国代表団に会議の進展を促すような雷である。
   ドアをたたく(knocking a door)は、日常的な表現である。飯田さんが
  出たワールドウォッチ研究所、ジャーマンウォッチ研究所などの主催のサイ
  ドイベントで、ホロアーから80年代半ばからドイツで風力発電推進に関わっ
  てきたパイオニアという1人が、自分たちは当時の保守政権のもとでも「政
  治的な意志」をつくりあげてきた、政治のドアをたたいてきたと力説。

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9. <<特別寄稿2>> ロメオとジュリエット
(長谷川公一、環境社会学者、みやぎ環境とくらしネットワーク理事)

男性用にはRomeo、女性用のドアにはJulia。おしゃれですね。ISEP組と私が宿泊
しているホテルに隣接するイタリア料理店のトイレのサインです。

ちなみに私たちの滞在するボン郊外のゴーデスベルク(Bad Godesberg)が歴史
の舞台に登場するのは、1959年にドイツ社会民主党(SPD)が採択した「ゴーデ
スベルク綱領」においてです。この綱領の採択によって、ドイツ社会民主党はマ
ルクス主義政党から「国民政党」に脱却し、1969年にブラント首相による戦後初
の社民党政権が誕生しました。この69年から82年までの社民党政権が、昨日の
ニュースレターにも記したようなドイツの「権威主義の克服」、NGO・市民社会
の勃興につながったのです。戦後の万年保守政権を打倒する大きな転機となった
のが、われらが宿のあるゴーデスベルクです。

村山政権が日本社会党の「自壊」に終わったこととの大きな落差を痛感せずには
おれません。日本では社会民主主義勢力も国会では「空前の灯火」です。保守の
強さというよりも、政治勢力としてのリベラルが弱すぎるところに、日本の悲劇
はあるのです。

例えば巻原発を止めた巻町の住民投票が実施されたのは1996年8月4日です。町議
会の22議席のうち、明確な原発反対はせいぜい2議席という長年の草の根保守支
配の状況から劇的に変わるのは、1995年4月の町議選でした。93年7月の自民党分
裂・細川政権誕生から、96年1月の橋本政権誕生による自民党の政権復帰までの2
年半が戦後日本の最大の転機でした。その政治的流動期だからこそ、巻町の住民
投票も可能だったのです。その証拠に2000年以降は、住民投票は市町村合併をの
ぞくと、ほとんどできなくなっています。

ロメオとジュリエットが象徴するのは、劇的な歴史的出会いです。日本で、再び
ロメオとジュリエットがまみえるのはいつでしょうか。

1.ドイツと日本の時差 (飯田哲也)

自然エネルギー2004は、トリティン環境大臣による開会宣言を皮切りに始まっ
た。トリティンは、この会議が地球規模の環境保全と「公正」な開発に向けたシ
グナルを送ることを目的としており、自然エネルギーを研究開発からビジネスの
領域にシフトさせることの重要性を強調して、「自然エネルギーの時代」の幕開
けを宣言した。折しも原油価格が高値を更新し続けていることで、否が応でも自
然エネルギーへの注目が高まる中での開幕となった。

本会議における初日の愁眉は、マルチ・ステークホルダーによる対話(MSD)で
ある。長谷川報告にあるように、多様なステークホルダーの参加と討議のプロセ
スは、NGOがオブザーバーとして参加する従来の国連システムを一歩進めた新し
い試みである。ただし、時間の制約もあり、本会議での「対話」は、あらかじめ
発言順も時間も決められたもので、一部からは「対話」(ダイアログ)ではなく
「一人語り」(モノローグ)だと揶揄されている。もちろん、限られた本会議だ
けで評価するのではなく、MSDのベースとなった自然エネルギー2004の国際運営
委員会(ISC)やこの先のフォローアッププロセスを含めた大きな構図から、実質
的な意思決定プロセスの変化を見極めることが必要だろう。

さて、初日はISEPのサイドイベントも行われたので、簡単に報告したい。このサ
イドイベントは、この1月にヴィッテンベルグ(ドイツ)で行われた日本(ISEP
およびGEN)とドイツ(マルチン・ルター大学およびエコ・セントルム)との自
然エネルギー政策会合が出発点にある。2月にはドイツから緑の党のハンス・J
・フェル議員を招いて日本で第2回のワークショップを開催し、そこに韓国から
「ソーラー都市会議」(ISCC)が参加するかたちで、日本-韓国-ドイツという3カ
国共同のサイドイベントとなった。 詳細は、後日報告する予定だが、円卓会議
では、日韓独の3カ国の協働によって、国際社会に対してどのような貢献が可能
か、その具体的なアクションプランを抽出することを目的に討議した。ドイツか
らはヘルマン・シェア議員やフェル議員、韓国からは11月にソーラー都市会議を
主催するテグ市の金副市長、日本からは、河野太郎衆議院議員、鮫島衆議院議
員、奥田衆議院議員、ユーラス堀会長など3カ国からの報告のほか、「第3者」
としてクリストファー・フレイビン(WWI)やグンナー・オレンセン(デンマー
ク)からの貢献を得て、充実したサイドイベントとなった。とりわけ、3カ国と
もエネルギー資源に恵まれず、競争力のある技術集約的な産業を抱え、さらには
フランスの家族社会学者エマニュエル・トッドによれば同じ「直系家族」に類型
され、類似の政治文化を持つとされているなど、3カ国には共通点が多く、日韓
が後を追いかけることは時間の問題であるとの確信を持った。11月にテグ市で次
のワークショップを持つことを約束して、サイドイベントを終えた。

この日は、突然に、トリティン環境大臣とのNGO会合に参加することとなった。
ドイツ環境フォーラムのユルゲン・マイヤーとWWFのジェニファー・モルガンを
「団長」にわずか7名のNGO代表者との「戦略会合」である。短い時間で必ずし
も十分な意見交換ができたわけではないが、NGOが会期中にカギを握っている環
境大臣と、こうしたダイレクトのコミュニケーションが取れることも、かたちを
変えたMSDの開かれたプロセスの一つといえよう。

それに比べて、NGOから要請していた日本政府とNGOや国会議員との会談につい
て、「合う時間がない、合う意味がない、合う必要がない」と拒否していた経産
省だったが、奥田議員の取り計らいで外務省が間に入り、3日夜に会談すること
となった。時機としては「事後報告」のタイミングである。トリティンとの会合
と比べると、政治的な意思決定において、まだまだドイツとの時差は大きい。

ところで、ISEPの活動を支えるスタッフを紹介しておこう。MSDに登録参加して
いる副所長の大林ミカさんを筆頭に、事実上の事務局長として取り仕切っている
笹桃さん(笹川桃代さん)、ロジとコンテンツの両面で超人的な活躍をしている
小圷一久さん、ボランタリースタッフにはドイツ留学中の近江まどかさん(元A
Seed Japan)と逢沢澄香さん(京女飯田ゼミ生)という陣容で、サイドイベント
がトラブルもなく運営されたほか、国会議員の登録やアテンドなども滞りなく対
応されている。河野太郎さんからあらためて指摘されたのは、女性の方が圧倒的
に多いという事実であった。感謝。

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テーマ:【開幕セッションと関係者の対話】
(マルチ・ステークホルダー・ダイアログ、MSD)

本会議I オープニングセッション(9:00-10:00)

本会議II 関係者間の対話(MSD)(11:00-13:30)
II-1自然エネルギーの重要性、価値、貢献
II-2自然エネルギーの促進へ向けて:政策フレームワークと規制措置の確実性

本会議III 関係者間の対話(MSD)(15:00-18:30)
III-3 将来への財政措置
III-4 能力開発(キャパシティ・ビルディング)

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2.マルチ・ステークホルダー「モノローグ」?(大林ミカ)

RES2004が始まった。ドイツ連邦政府環境省・経済協力開発省が共催し、154の
国々から3,000人の代表たちが参加している。初日の開会式(?)では、トリッ
ティン環境大臣を始めとして、ボンの市長や、ヴッパタール研究所前所長である
社民党のフォン・ヴァイツゼッカー議員、インドのパチャウリ博士などが次々に
挨拶した。トリッティン環境大臣は、自然エネルギーですでに53,000tの二酸化
炭素を削減していること、ここ数年で太陽光発電のコストが半額になったことな
どを紹介、政策的成功が重要であることを強調し、ヴァイツゼッカー議員は、市
民社会の取り組みを政治によって実現化し、政策に取り入れていくことの重要性
を指摘した。でも、最も印象的だったのは、Greenpeaceが主宰する「ソーラー・
ジェネレーション・キャンペーン」に参加する途上国や先進工業国の10代の若者
たちが、特別スピーチを行った部分だった。地球温暖化の影響で洪水や嵐に見舞
われている南アジアから来た14-5歳の少女は、わたしたち代表団(Delegation)
の交渉が彼らの未来を握っていることをしっかりとした言葉で語った。交渉に関
しても、具体的で法的拘束力のある目標値の設定と、時間設定を伴う具体的なア
クションが必要なことを訴えていた。

開会式後の会議開始の初日は、さまざまなステークホルダーが集まって議論を交
わす場「マルチ・ステークホルダー・ダイアログ」が開催された。驚いたのは、
全部で130人近くの市民社会のステークホルダー(産業界や研究者も含む)から
の代表は、日本人ではわたし一人だったことだ。政府のプレゼンスだけではな
く、環境NGOや企業も含めて、世界の自然エネルギー関連業界での日本のプレゼ
ンスの低さを改めて認識させられた。

会議そのものは、市民社会と政府の対話のはずだったが、実際には「ダイアロ
グ」(対話)ではなく、「モノローグ」(独白、独り言??)に近かった。本会
議で発言を保証されている少ないNGOを除いて、政府と交渉できる唯一の機会な
ので、NGOたちは戦略を練ってどの発言が最も有効かを議論してきた。NGOの中で
も、環境NGO(昨日レポートしたCURESがコーディネート)の発言が重視されてい
たのは確かだが(4つのセッションのうち3つで会議冒頭のサマライズをした)、
ばらばらに意見を述べる各国政府の発言が相次いで、残念ながら対話にはならな
かった。わたし自身は、自然エネルギーを進める枠組みと規制措置に関わるセッ
ションでの発言枠を取ってもらっていたが(タイムフレームを伴う強いターゲッ
トとすでに成功が実証されている政策措置の提言は当然のこととして、フレーム
ワークとしても、従来の政府to政府の枠組みではない市民社会と地域のイニシャ
ティブを促進できる政策の重要性に関する発言)、「マルチ」のステークホル
ダーが決まった時間内に議長の指名で発言するので、結局は、環境NGOは、最初
のサマライズしか発言させてもらえなかった。

その意味では、今までNGOが批判してきたMSDの枠組みが露呈した結果だろう。本
気で自然エネルギーの促進と持続可能性を考えるなら、特に環境NGOを中心とし
たNGOの参加は欠かせない。単に言いっぱなし・聞きっぱなしの議論は必要な
い。

ただ、その中でも、特に規制措置の枠で、CURESが主張した高い目標数値の設定
とそれを実現するための具体的で実効性のある政策措置(もちろん、固定価格買
取制度を指す)は、非常に説得力ある発言だった。残念なのは、日本の直接の政
策担当者が席を外してしまっていたことだ。世界の環境NGOが求める高い数値設
定と強力な政策措置の主張を是非聞いて欲しかった。

その他には、サウジアラビアの「石炭と原子力への補助金が多すぎる」(←石油
をサポートするめに主張。でも石炭と原子力にかかっている資金全体よりも、石
油の補助金や、石油保護・獲得のためにかかっている世界全体の資金の方が、膨
大なんですけど・・・)と、わたしも賛成できる(?)主張や、トーマス・ヨハ
ンセン氏が外部コストを考えたときに自然エネルギーが非常にコスト・エフェク
ティブになるとe5に返答した部分が印象的だった。←この部分は確かに「対話」
だった。

日本政府は、4つ目のキャパシティー・ビルディングの部分での発言を準備して
いたようだが、議長に指名されず、最終サマライズの後で発言した。内容は、主
には途上国へのPVメンテナンスによる貢献を述べていた。もっと強い自然エネル
ギーへの貢献が必要なのは明らかだが、内容より問題なのは、やはり今朝のNGO
のミーティングでも、日本政府が「問題政府」(problematic country)として、
アメリカ、フランス、オーストラリアと共に報告されていたことだった(みんな
は"it's nothing new report."と反応・・・)。

それから、年金問題のせいで、閣僚、副大臣、政務官の海外出張が全て禁止に
なったと聞く。各国が大臣を送り込む中で、やむを得ない事情によるとはいえ、
昨日レポートした政務官の参加も中止になってしまった。

しかし、最初は「時間がない」と断られていたのだが、RES2004に参加している
民主党の奥田議員が外務省に申し入れてくれたことで、日本政府代表団と環境
NGOとの会見が実現しそうなことなど、充分ではないだろうがこちらが働きかけ
てきた「対話」もできそうだ。

まだ会議は始まったばかり。これからの展開に期待したい。

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3.自然エネルギー2004が始まった(中島正明、グリーンピース・ジャパン)

自然エネルギー国際会議が本日の午前9時から始まった。ふたを開けてみると、
154カ国から政府代表団が参加し、計約3,000人が参加する大規模な会議となっ
た。

最初のセッションは、第一本会議である。このセッションでは、主催者やユース
(若者)グループからのスピーチが行われた。

ドイツのトリッティン環境大臣は、自然エネルギーが持つ、CO2の削減、雇用の
創出、エネルギーセキュリティの向上などの利点を挙げ、途上国におけるエネル
ギーへのアクセスの確保や気候変動の防止などを行っていくことの重要性を主張
した。

しかし、彼のスピーチの中で、「(今回の会議では)政治宣言はそれほど重要で
はなく、具体的な行動を生み出していくことが大切である」と述べていたことか
ら、米国や日本などが反対し、宣言文が骨抜きになるのではないかとの懸念を彼
自身が抱いていることが伺える。

グリーンピース・インターナショナルは、若者を世界各国からこの会議に招聘し
た。第一本会議では、彼らユースグループによる感動的なスピーチがあった。
「私たちは今この場でできることをやっています。(会場にいる政府代表団に対
して)今度はあなたたちの番です。この場でできることをしっかりと行ってくだ
さい。」とフィリピンから来たアビゲイルは、グリーンピースを代表して、会議
を成功に導くことを呼びかけた。さらに、「この会場にひまわりの花を残してい
きます。ひまわりは希望の花です。会期中、皆さんがこれを見て、私が言ったこ
とを心に留めておいていただけるように。」と言い残してスピーチを終了した。
会場から盛大な拍手が巻き起こったことは言うまでもない。こうした声は、日本
政府にはどう受け止められているのだろうか?

その後の第二、三本会議では、マルチ・ステークホルダー協議(MSD)が行われ
た。多くの参加者がそれぞれのステートメントを述べたが、それだけにとどまっ
た感がある。

MSDとは、本来様々な関係者の意見を反映させていくためのプロセスである。し
かし、意見のやり取りなどは全くないこのMSDがどのように会議に反映されてい
くかは定かではない。

(グリーンピース・ジャパンの自然エネルギー国際会議特設ウェブサイトはこち
らへ: http://www.greenpeace.or.jp/campaign/climate/res2004/)

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4.≪特別寄稿≫「権威主義」の克服 - 戦後ドイツが学んだこと
(長谷川公一、環境社会学者、みやぎ環境とくらしネットワーク理事)

いよいよ Renewables 2004が始まった。会場の国際会議場はライン河に面した旧
連邦議事堂である。環境大臣トリティンとともに、司会を務める経済大臣の女性
Wieczorek-Zeulさんは、冒頭の挨拶の終わり近くで、「何度も戦場となってきた
ライン河は、今やヨーロッパの協力のシンボルである」と述べた。折しも60年前
の1944年6月6日は、ドイツの敗北への流れを決定づけたいわゆる「D-day」ノル
マンディー上陸作戦の日である。新聞によると、シュレーダー首相は、ドイツの
首相としてははじめて連合国側の祝典D-day60周年に参加する予定という。それ
はドイツにとっての、また周辺諸国にとっての「戦後」の終焉の象徴ではない
か、と私は思う。

はたして私たちが、日本海や東シナ海が東アジアの協力と交流のシンボルであ
る、と心から呼べる日はいつになるのだろうか。「靖国参拝」を続ける日本の首
相との差はあまりにも大きい。日本の世論は、はたしてこのような式典への首相
の列席をどう受け取るのだろうか。

1992年に竣工した旧連邦議事堂は99年7月1日の議会の閉幕とともに、改修された
ベルリンの議事堂に任務を譲ったが、ガラス張りの機能的で美しい建物である。
「民主的な開放性と透明性」をシンボライズしたものと解説にある。会議場のあ
る一角は、日本の霞ヶ関にあたる旧官庁街だが、この一帯を、「われわれの民主
主義をかたちづくった」「民主主義の道(Path of Democracy)」と名付けたの
だと同じプレートにある。首都移転にともなう感傷だと、一笑することはたやす
い。

しかし、日本の国会議事堂や霞ヶ関の周辺を「民主主義の道」と呼びたいと、心
から思っている官僚OBや政治家は日本にどの程度いるのだろうか。そして胸を張
れるのだろうか。

二度の敗戦を克服し、東西の統一をはかること、旧首都ボンは、ドイツの戦後史
の課題に取り組んできたシンボル的な街である。われわれは立派になしとげたと
いう誇りが、この旧議事堂であり、「民主主義の道」という呼び名であろう。

現在ボンは、IPCCの事務局をはじめ、13の国連関係の施設を立地する「国連都
市」を自称している。アメリカが国連に冷淡で、EUの拡大があるだけに、そして
温暖化問題、環境問題の比重の増大にともなって、国連都市ボンの役割は確実に
大きくなっていくに違いない。

そういう場所で開会したRenewables 2004である。ドイツの歴史と未来の中に、
この会議は確実に位置づけられているのである。

この十年あまりのドイツの自然エネルギー政策の成功の政治的背景をひろく捉え
れば、上のような事情が指摘できるのではないだろうか。原子力は政治的な権威
主義と、自然エネルギーは市民的なものと親和的である。

環境大臣トリティンは冒頭の挨拶の中で、自然エネルギーのメリットを幾つも列
挙したが、その中に、gender equalityもあった。

初日の呼び物、この会議全体をとおしての呼び物は、Multi-Stakeholder
Dialogueである。多元的な利害関係者間の対話である。進行役(モデュレー
ター)のHales氏(イギリス)は、civil society (市民社会)という言葉を連
発する。政府(地方自治体も含む)・議会関係者からなるgovernmentと、企業
(business)と、端的にはNGOからなる civil society という三極図式の中で、
Multi-Stakeholder Dialogueが展開されている。

大会プログラムの中で、Multi-Stakeholder は、次のように注記されている。
「女性、NGO、地方自治体(authorities)、労働組合、消費者、投資部門を含む
企業と産業、科学者および技術者コミュニティ、農民、開発と貧困問題に取り組
むアクター、再生可能エネルギーの生産者と供給者(再生可能エネルギー団体を
含む)」。女性が冒頭に来るところが面白い。もちろん男も、stakeholder で
はあろうが、男の視点は、NGO以下のどこかでカバーされる。他のカテゴリーに
は還元されえない、女性の視点があるということを明確に述べた規定であろう。

現在、自然エネルギーがどういうコンテクストの中で論じられているのかを端的
に示すMulti-Stakeholderの定義である。

                          2004年6月1日ボンにて

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